19.指で伝える二文字は届かない
ユリが俺の許嫁と名乗ってから俺はとても困っている。
「西園寺くんさぁ、他校生の彼女いるの?」
「え? いねぇよ。何で?」
「だって、他校生のお嬢様と付き合ってるって。校門前でイチャイチャしてるとこを見た人もいるんでしょ?」
イチャイチャしてたんじゃなくて、俺が一方的に襲われてただけなんだよな、あれ。
「いやほんと違うんだよ。あいつは、えーっと、お、幼なじみ!」
い、一応、保育園一緒だったし、その立ち位置で間違ってないだろ、多分。
ここ数日かなりの確率で女子にこの質問をされる。ユリのせいで俺とユリが付き合ってるって噂になってる。最悪だ。剣持が日直で席にいなくてよかったー。こんなの聞かれたらあいつの顔を見るの怖い。ただでさえもう失恋ムードなのにこれ以上の誤解は勘弁して欲しい。なんて思っていると、クラスの男子が俺に同調してきた。
「そうだぞ、女子。それに、西園寺はあの他校生じゃなくて剣持さんと付き合ってんでしょ?」
「………………………………それも違うな」
俺の片想いなんだよな、とは口に出さずに心の中で呟いていると、その男子は驚愕な顔をした。
「あんなに一緒にいて付き合ってねぇの!? 待って、お前ら付き合ってねぇなら、何なの?」
それは俺が聞きてぇよ………………。
どうやら俺と剣持が付き合っているという噂も立っているらしい。しかも、その男子が言うには、俺の彼女をユリ派と剣持派に分かれて予想大会してたらしい。馬鹿なことしてんなよ、期待に添えなくて悪かったな。
まあでも、ボディーガードのことは公表していないので、男女2人で一緒に帰ったり、飯を食ってたりしたらそりゃ、付き合ってるんじゃないかって考える奴だっているよな。俺は噂を気にしてないし、なんなら剣持となら少し嬉しい。
俺の彼女の話が終わる頃には予鈴が鳴り、剣持が教室に戻ってきて席についた。その後、先生が教室に入ってきて数学の授業が始まった。問題を解く時間になり、早々に問題を解き終えて時間が余った俺は剣持の背中を見ながらユリとのことをどう説明して誤解を解けばいいのか考えていた。あの日から、なんとなく剣持とぎくしゃくしている。
一緒に過ごすようになって、剣持の色んなところを見てきた。
甘いものがめちゃめちゃ好きなところ。それを幸せそうな顔して食べてるところ。曲がったことが嫌いで真面目すぎるところ。クールで大人っぽい顔してるのに、笑うと少し幼くなるところ。他人に流されないところ。外面に囚われないで人を見てるところ。
何がきっかけで好きになったかと聞かれたとしても答えられる気はしないけど、多分初対面で俺の中で大きな存在になってたんだろうなとは思う。でも……。
剣持は俺のことを好きなわけじゃない。他に好きな人がいるんだ。
前の席に座る想い人の後ろ姿に目をやる。相変わらず綺麗で真っ直ぐな姿勢で授業を受けている。
俺に好きな人がいるって知っている剣持は俺が剣持とは別の人を好きだと思っている。もし、俺が好きなのは剣持だって言ったらどう答えるんだろう。
そんなことを考えながらなんとなく授業中姿勢が変わらないのを少し崩してみたい、なんて思ってその背中に指を滑らせた。一瞬びくっとなったがすぐに何事もなかったかのように元の姿勢に戻った。それがなんか悔しくて背中に指文字してみる。
ス・キ
いやいやいや、俺は何してんだ。気づくわけねぇだろ。しかも、また初めて会った時のような失態を……っ! それに、剣持には好きな人がいるだろうが。馬鹿か俺。
恥ずかしくなって思いっきり机に突っ伏すと、先生に心配された。おでこ痛い。ひりひりと痛むおでこを擦りながら顔をあげると、何かほっぺにペちっと当たった。何だろうと思って机の上を確認すると小さな紙切れが落ちていた。何だこれと思いながら開くと、流麗で癖の少ない見本のような文字が並んでいた。そこまではよかった。
ガンッ、ガタッ
「……西園寺、机と遊んでないで真面目に授業聞きなさい」
「すんません…………」
書かれていた文字をもう一度ちらっと見る。
【からかうな】
背中に好きと書いたのバレているのが分かって顔に熱が集中する。でも、それがからかいだと思われてることが嫌で複雑な気持ちになる。剣持にとって、俺はボディーガードをする相手でしかないって言われているみたいで。
……本気、なんだけどな。片想いってこんなしんどいのか。今日の帰り、ちゃんと言葉にして伝えるか。
お前の好きな人が俺ならいいのに、とそう思うくらいには俺はお前のことが好きなんだって。
そう決意した俺は、その後真面目に受けて、大きな不幸にも見舞われずに一日を終えた。
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