20.本当の「好き」

 HRが終わって放課後になってすぐ、俺は剣持を呼び止めた。


「剣持、部活終わったら屋上来れねぇ?」

「屋上? 別にいいが……どうしてだ?」

「……大事な話があるから」

「大事な話? …………分かった。今日は5時半終わりだから」


 少し不思議そうな顔をしていたものの、二つ返事をしてくれた剣持が部活に行くのを見送ってから俺は教室が誰もいなくなるのを待ち、廊下も確認してから教室のドアを閉める。時計を見ると4時30分、約束の時間はたっぷりある。よし、告白の練習するぞ。シミュレーションしなきゃ不幸発動した時にやばい事になるからな……。そう思って一人の教室で頭の中で告白のシミュレーションをして台詞を考えて口に出す。


「…………俺が好きな子って、お前のことだから」


 いや、これは違うか。それなら……。


「俺、お前のこと好きなんだ。友達じゃなくて、一人の女の子として」


 これも違う気がする。そもそもあいつに好きな人がいるのにそんなこと言ったら困るか? いやでも誤解は解きたいし……。


 そう悩みながらしばらくシミュレーションしていると、携帯の着信音が鳴った。誰だよ、と画面を見ると知らない番号が表示される。よし、無視でいいだろ。と思ったのにしつこくかかってくるので仕方ないから出ることにした俺はスマホを操作する。


「…………もしもし」

『あら、やっと出てくださったのねカナさ……』


 ブツッ


 なんか聞き覚えのある声だったけど、気のせいだろ。番号交換した記憶ねぇし。勢いで電話を切ったらまた同じ番号から電話がかかってきた。気のせいじゃないことを突きつけられて頭を抱えながらもう一度俺は電話に出た。


「何で番号知ってんだよ、ユリ……」

『先日お会いした時に携帯をお借りして、カナ様のスマホから私の番号にかけさせてもらいましたの』


 ちょっと、いや、大分犯罪臭がするけど、気にしたら負けか?なんて思いつつ、ため息をつきながら何か用かと尋ねると、ユリが明るい声で答える。


『「ふふっ、会いに来ちゃいました」』


 ん? 今声が二重じゃなかったか?


 振り返ると、教室のドアがいつの間にか開けられ、そこから手を振ってくるユリがいた。


「何でいる!?」

「だから会いたくて来ちゃいましたって言いましたわ」

「不法侵入だろ!?」

「普通に校門から入りましたけれど、誰にも止められませんでしたわよ?」


 くそセキュリティだな!? 公立高校ってこんなもんなのか? いくらなんでも緩すぎだろ、大丈夫か。そう思っていると、ユリが俺にすり寄ってくる。


「そんなことより、そろそろ私とお付き合いすること、考えて頂けましたか?」


 俺はユリの肩に手を置いて彼女を遠ざけて真っ直ぐ目を見る。ちゃんと言わねぇと、ユリの想いに対する俺の答えは1つなのだから。


「…………ユリ、ごめん。好きな人がいる」


 ユリはすぐに寂しげに呟いた。


「……分かってますわ、その好きな人が剣持さんなのも」

「なら…………」

「でも、私だってカナ様のことを心からお慕いしていますわ!」


 そう言って1歩詰め寄ってくるユリ。こういうところも昔と変わらない。それから、俺への気持ちがどんなものかも変わっていない気がする。それを確かめるためにユリに問いかける。


「じゃあ、俺のどこが好きなんだよ?」

「それは勿論、全部ですわ」

「全部って?」

「顔でしょう、声でしょう、優しいところでしょう……。それから私の家と釣り合う御家の方ですもの、好きになるに決まってますわ」


 そう言いながら抱きつこうと腕を伸ばしてくるユリを見て、やっぱり昔と変わっていないと思った俺は彼女の腕を掴んだ。


「……俺の外面だけ見て好きって言ってるなら諦めろ」

「…………え?」

「昔も同じこと聞いて、それで言ったんだよ。『10年経ってもまだ好きなら、仕方ないからもらってやるかも』って」

「もらってやるって言いましたわ!」

「いや、『もらってやる』だって」


 不幸体質は隠していたからユリは知らないはずだ。だが、これは覚えてる。

 幼稚園最後の遠足の日、少し遠くの広い公園に行って、みんなで隠れんぼをした。隠れ場所を探していた俺は案の定不幸発動して、少し遠くまで行ってしまい、迷子になった。不安になって歩き回り、滑って落ちて泥だらけになって、俺は怪我して動けなくなった。見つかった時には、涙と泥でぐしゃぐしゃになっていた。それを見て、ユリを含め同じ組の子たちに遠ざけられるような視線と、御曹司・令嬢としてのプライドを高く持つことを強要するような雰囲気を向けられ、その場から逃げ出したくなった。

 それでも、ユリは俺に近づいてきたが、俺の外面しか見ていないのが分かっていたからあの頃も今も心が動かされることも、惹かれることもない。


「お前の好きは、本当の好きじゃねぇよ。恋って、相手のことを全部知りたくて、相手のかっこ悪いところとか駄目だなって思うところでさえも好きだなって思えることだ。その人の外面じゃなくて内面も知って好きになれるってことだと俺は思う」


 思うままに伝えるとユリは弱々しい声で問いかけてくる。


「……それが、カナ様にとってはあの人なんですか?」

「…………うん。だからごめん。許嫁のことも諦めて欲しい」


 そう言って俺は頭を下げる。すると、ぐいっと引っ張られて顔を上げさせられ、目の前に涙目になったユリの顔が来た。


「付き合ってみないと分かりませんわ!」


 そう言って顔を近づけてくる。唇が触れそうなほどの距離になって、ユリがしようとすることを察し、咄嗟に手を出して彼女の口を塞ぐ。


「……っ、やめとけ。それに、俺は好意を寄せてない人にあげるつもりはねぇよ」


 そう言ってユリから距離をとる。ユリは大人しくなって動かなくなった。まあ、このくらい言わねぇと諦めねぇだろ。諦めるかどうか分かんねぇけど。

 というかさっきガタッとドアの方から音がした気がしたんだけど……。ちらっと見ると人がいる気配はない。風の音か? まあ、人がいたらやばいよな、他校生の侵入に加担したとか言われねぇかな……それが心配だ。


 そう思いながら今何時かと時計に目を向けると、時刻は5時20分。割と時間経ってるじゃん! もう行って待っとくか。そう思った俺はユリに早く帰るように伝えてから足早に屋上に向かった。


 あー、くっそ、緊張してきた……。不幸発動しませんように不幸発動しませんように!!

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