11.君の家で地獄の鍛錬
5月1日、日曜日、
「姿勢が悪い!!」
声と共にバシンッという音が響き、背中に痛みが走る。
「いってぇ!!」
「お前さん、本当に空手をやっとるんか?背筋を伸ばす、基本中の基本じゃろうが。やり直し!」
「………………へーい」
「返事は「はい」じゃ。それから腹から声を出せ!」
「……〜っ、はい!」
西園寺要、現在、剣持のじいさんに叩かれながら剣道の稽古をしています。
時を遡ること3日前。GW前最後の学校。
これはチャンスだ。剣持と2人で出かけるチャンス。
剣持にボディーガードしてもらうようになってから圧倒的に不幸の回数は減ったし、報酬の七星ベーカリーのクリームパンを提供しているとはいえ、それだけでは足りない気がする。
そう、足りない絶対。だから、普段の感謝として、あくまで感謝として、GWを使ってお礼してやろうじゃねぇか。べ、別にデートのお誘いとかじゃねぇし。デートに誘う方法が分からなくて適当な理由探したとかじゃねぇし。
そう言い聞かせながら、帰り道に俺は思い切って剣持に聞いてみる。
「なぁ、GWお前何すんの?」
「スイーツ巡りと家で剣道の稽古だな」
スイーツ巡り、それだ。そう思って、俺は提案を持ちかける。
「……スイーツ巡り、付き合ってやるよ。俺の奢りで……」
「っ、本当か?」
「……お、おう……」
「嬉しい。最近、じいちゃんが1人で行くと心配だなんだとうるさくてな」
クールさは残るものの、目を輝かせて嬉しそうな顔をする彼女が可愛くて悶えかけるが、手で口元を押さえて耐える。
超嬉しそうだな、可愛い。じいちゃんって呼んでんのか、可愛い。腹いっぱいになるまで付き合ってあげよ。
「普段色々助けてもらってるし、俺でいいなら付き合う」
「ありがとう。じゃあ、日曜日でいいか?」
「おう、日曜日な。待ち合わせは?」
「駅でもいいが、朝からだと少し厳しい」
「じゃあ、お前ん家行くわ」
よっしゃ、GWも剣持に会える。デートかー。やっべ、顔ニヤけそう。
「いや、でも朝はじいちゃんの稽古が……」
「いいって、付き合うから」
そうして日取りを決め、剣持の家まで迎えに行くことになったのだ。だけどな…………。
「稽古に俺も参加するのは聞いてねぇ!!」
息を切らして竹刀で素振りをしながら叫ぶと、隣で余裕な表情で素振りをしている剣持が答える。
「……私は言ったぞ」
「記憶にないんですけど……」
「言った」
確かに、剣持の家まで迎えに行くって言った後に何か言われた気が…………。正直に言うと、あの時の俺は超浮かれていた。多分適当に返事したな、うん。
そういうわけでじいさんの鬼稽古をやっている。しかし、護身として空手をやっているとはいえ、剣道は専門外だ。
素振りとか俺関係なくねぇ? しかも、やり直しさせられてまた100回やらなきゃならねぇし、初心者に対して正気か、このじいさん。腕吊りそう……。
そう思って腕の力を少し
「いってぇ!!」
「真面目にやらんか!」
マジで痛いんだけど、平手だぞ?竹刀じゃなくて素手だぞ? どんな威力だよこのじいさん。
「……彼氏だからといって、そんなんで可愛い孫娘の隣に立てると思うな!」
……………………はい? 彼氏? 誰が誰の?
剣持のじいさんの言葉に驚きすぎて動きが止まる。固まった俺を見てじいさんが首を傾げていると、剣持がため息をつきながら言う。
「……じいちゃん、西園寺は彼氏じゃない」
「なんじゃ、違うのか?今まで男はおろか、友達すら1度も連れてきたことなかったのに……」
剣持が初めて家に連れてきた人…………。いや、正確には、迎えに来て家に迎え入れられた人なんだけどな。ていうか、彼氏に見えるのか。
なんて思っていたら俺の顔を見た剣持が不審そうな顔を向けてくる。
「何をニヤついてるんだ、気持ち悪い」
どうやら顔に出てたらしい。やべ、顔にも出るのか、気をつけよ。
剣持に「別に?」と返して、少し上機嫌になってやる気を出した俺は、じいさんに課された地獄の鍛錬を約束の時間までやり遂げた。
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