7.あの失態の原因は君の……

 HRが終わってクラスメイトたちは部活や委員会活動に行ったり、帰り支度をしたりしている。


「剣持、部活あんの?」

「ある、18時まで」


 そう言われて教室で一人時間を潰し、ふと時計を見ると、17時30分。終わるまで待つならボディーガードしてやるって言われたけど、まだ30分もあるじゃん。今日の課題も終わったし、剣持には彷徨うろつくなって言われてるけど、やることねぇな。このまま教室でぼーっとしてんのもつまんねぇし…………。


 あ、そうだ。剣道部、見に行こう。


 教室で一人ぼーっと待ってるよりは気が紛れるし、何より剣持が剣道をやっている姿をもう一度見たいと思ったのだ。まあ、あれは緊急事態でほんとに一瞬だったけど。でも、あの時の剣持、すげぇかっこよかったんだよな。そんで、笑った顔がすげぇ可愛くて……………………その後勢いでプロポーズしたんだった。


 黒歴史を思い出してしまって、一人頭を抱える。


「何であん時あんなこと言ったんだろ俺……」


 ま、考えても分からないもんは分からねぇんだ、仕方ないよな。と思考放棄した俺は武道場に向かった。


 無事に武道場の前にたどり着くと、「めーん!」「どーう!」などの掛け声が聞こえてきた。中の様子全体が見えるくらいに扉を開けると、練習試合をしているのか面を被り剣道着に身を包んだ2人が対峙していた。審判の合図で礼をして竹刀を構え、始めの掛け声で間合いを取り、互いに探り探りで技を出す機会を伺っている。すると、俺から見て左側にいた子が篭手を狙いにいこうとしているのか一歩前に出た。しかし、篭手が決まることはなく、一瞬の隙を見て右側の子が面を決めてしまった。あまりにも綺麗で無駄がないその動きに見惚れてしまった俺は思わず感嘆の声を漏らした。


「…………すっげ……」


 あん時の剣持みてぇ……。


 審判の合図で元の位置に戻って例をして試合が終了すると、試合をしていた2人が面を外しながら会話し始めた。


「やっぱり強いなぁ、凛ちゃん」

「ありがとうございます」


 面と頭の手拭いを取った2人のうちの先程試合に勝った子を見ると、見知った顔で思わず叫ぶ。


「え、剣持!?」

「……!? ……西園寺? 何故ここに……」


 俺が理由を答えようとする前に、他の剣道部の女子部員たちが俺の周りを囲んだ。


「君が西園寺家の坊ちゃん!?」

「噂通り、いや、噂以上のイケメンでやばいんだけど!!」

「でも泥んこ坊ちゃんなんでしょ、朝泥だらけだったとか」

「え、ドジでお姫様っぽいって聞いたんだけど」

「近寄りがたいんじゃなかったの? 全然普通じゃん」


 俺の噂広がりすぎでは? というか、この人たちちけぇな……。女子に囲まれるなんて経験をしたのは保育園の時以来なので変に緊張してしまう。この女子たちをどうしようかと考えていると、剣持が助け舟を出してくれた。


「先輩方、西園寺が困っていますよ」

「あ……ごめんね、西園寺くん!」

「い、いえ、お気になさらず」

「ところで、西園寺くんは何でここに?」

「ああ、教室で待っててもやることなくて、どうせなら剣持の部活見ようかなーって」


 理由を言い終えてすぐに、硬いものが頭に打撃を与えた。


「いってぇ!!」

「彷徨くなと言ったのにそんな理由で来たのかこの阿呆あほう

「だからって竹刀で殴るのは違くね!? 俺これでも御曹司なんですが!?」

「知らん。……先輩、練習戻りましょう」

「え!? あ、うん、そ、そうだね……」


 彼女はそう言って練習に戻った。剣道部の先輩たちは心配と不安が混じった顔で俺の方を気にしながら戻っていき、一人になった俺はその場でしゃがみ込んだ。


 なんだよ、時間あったから見に来ただけなのに俺が悪いみたいに言いやがって……。ほら、先輩にも何か言われてるじゃん、小さくてよく聞こえねぇけど。


 俺が少し拗ねた顔をしていると、剣持が俺の名前を呼ぶので俺は拗ねた声で返した。


「なんだよ……」

「帰りに……そう大したものではないが、何か奢るからいい子で待っていろ」


 頭をぽんぽんしながらそう言う彼女の顔を見て俺はぼそっと呟く。


「…………ゴリゴリくんアイス」

「あははっ、坊ちゃんらしくないなお前」

「うっせ。待ってんだから買えよ絶対。後で俺もクリームパン渡すから」

「ふふっ、やった」


 可愛らしく笑う剣持を見て、俺はドキッとして手で顔を塞いだ。普段クールでかっこいい印象が強いのに、笑う時可愛いのは知ってんだ。知ってんだけど、剣道着だからか余計に可愛く見える気がする。剣道着マジックすげぇなおい。てか、笑った顔が…………。

 顔を塞いで動かなくなった俺を見て、剣持が不思議そうな顔をする。


「……どうした?」

「お前、笑うな」

「は? お前はまた訳の分からんことを……」

「いいから練習戻れよ、ここで待ってるから」


 そう伝えて腑に落ちない顔をしながらも戻っていく彼女の後ろ姿をちらっと見て、俺は初めて会った時のあの失態を思い出しながら、自分にある気持ちに対して誰にも聞こえないくらいの声で呟く。


「こんなはずじゃなかったんだけどな…………」


 俺、剣持が好きだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る