【 タクボー 】


「ごはん、食べる?」


 そう言いながら、食べる仕草をする。

 すると、彼女は「う、うん……」と頷いた。


 ごはんを食べ終わると、彼女はテレビの方を指差し、「テ、レ、ビ……」と言う。


「あっ、テレビ見たいんだね。分かった」


 そう言ってテレビを点けると、彼女はまた僕の側までピッタリと寄ってきて、昨日と同じように服を掴んだままテレビを見ている。

 彼女はテレビに夢中だった。

 小さい子供がじっと見るように、テレビから目を離さない。


 そんな彼女の横顔をすぐ近くで横目で見る。

 彼女のシルバーの瞳に、テレビの光が映り込む。

 とても澄んだ瞳だ。


 テレビの中では、若い男女が恋に落ちるドラマをやっていた。

 そんなふたりのやり取りを夢中で彼女は見ている。


 ドラマの中の男女はそれぞれ名前で呼び合っている。

 それを見たガルルは、急に僕の方を見て「なまえ、は……?」と聞いてきた。


「あっ、僕は拓郎たくろう

「タクボー……?」


「いや、タクボーじゃなくて、拓郎」

「タク、ボー?」


「タ・ク・ロ・ウ」

「タ・ク・ボー?」


「いや、違うんだけど……。まあ、いいか。昔、タクボーと呼ばれてた時もあったから、もう、タクボーでいいよ」

「タクボー?」


「うん、タクボー」

「タクボー! うふふっ」


 彼女のその八重歯の覗いた笑顔に負けた。

 今日からは、僕は『タクボー』だ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る