【 やさしい目 】


 スープを食べ終わった彼女の口や鼻の周りは、ベチョベチョになっている。

 咄嗟に僕はティッシュの箱を彼女に向けるが、またしても首を傾げる仕草……。


 仕方ないので、ティッシュを数枚箱から出して、彼女の口周りを拭いてあげる。

 すると、彼女は一回目を閉じてから、僕が拭き終わると、ペロリとまた口元を舐めた。


 その仕草がなぜか僕の心臓を大きく躍らせる。

 彼女は一体、何者なんだろう……。


 まだ幼いようにも見える。

 でも、そのつり上がった目はどこか鋭く、それでいて瞳の奥はどこか悲しげにも映る。


「食べ終わったみたいだね。それじゃあ、器を片付けるね」


 そう言って、立ち上がってその器を台所へ持って行こうとした時、彼女が舐めてこぼれて濡れていた床に足を滑らし、思わず前のめりに転んで、思い切り床にひざをぶつけてしまった。


「痛ててて……」


 膝を見ると、少し擦りむき血がにじんでいる。


「あちゃ~、血が出てきたな……」


 それを見た彼女は、咄嗟に飛び跳ねるようにして僕の側まで来ると、その血の出ている膝をおもむろに舌で舐め始めた。


「えっ? あっ、いいよ。そんな舐めなくても……。絆創膏ばんそうこうでも貼ってればすぐに治るから……」


 そう言ったが、彼女は尚もペロペロと僕の膝を四つん這いになりながら舐め続けている。


 その彼女の目は、どこかとてもやさしげに見えた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る