第14話 ライズ アンド トゥルース

 そして木曜日。私はスーパーの仕事を珍しく休んでいた。


 それはKのデートの為に体力を温存しておかなければならないという理由…。ではなく、夜までに済ませておかなければいけない大切な事があるからだ。


 Mとの問答も去る事ながら、私はしばらくの間、想いに耽っていた。現在、そして過去。行き当たりばったりのような生き方をしてきている私が、これからの事を朧気にも考え始めたのである。


 今はまだ何とかなっているにしても、時の流れは残酷で、いつかこの仕事を存続できなくなる。それは体力も気力も然り、どれだけリカバリーに勤しんでいたとしても、正真正銘の若さには敵う筈などない。老いた私を求める客はいなくなり、仕事がない私は店からお払い箱という憂き目にあうだろう。男が若い女を求めるのは生理的なものなのだから…。


 既に決別している故郷に、私が帰る場所なんてある筈もなく、この前、叔父さんの連絡が、もしかするとラストチャンスだったかもしれないが、もう後戻りなどできやしない。自業自得である事は重々承知している。


 嘘や偏見、孤独や欺瞞。身の置き所は愚か、心の拠り所さえなくした後、私の生きていく手段は、皆無。冷静にそう考えている内に、自分の愚かしさが呪わしく思えて仕方なくなった。


 Mに得てして嵌められてしまった以前に、この心の弱さが招いた事だっだというのは否めない。そんな私に今できる事は、この薬を今すぐ絶つ事。それ即ち、Mとの決別を意味している。


 これまでの事もあり、今すぐこの仕事から手を引く事はできないが、超上玉客であるMから愛想を尽かされた私に、店の対応はきっと変わる。その時にまた、思考を新たにすればいい。


 とにかく今は、Mの支配から解き放たれる事が先決であると思い、決死たるこの想いを心に刻むべく、一つの思惑を実行する決意を固めたのだった。


 そして難波某所。形にした後、私は想いのまま食欲や物欲を発散しながら街を徘徊していると、夕暮れ迫る時間に差し掛かっている事を知った。Kとの約束はもう少し先であり、難波からだと一時間くらいでたどり着く筈。


 頃合いを見て、近鉄難波駅から電車に乗った。


 難波は近鉄奈良線で、生駒方面に向かう電車にしか乗れず、Kと待ち合わせしている駅は近鉄大阪線、高安駅。ここへ向かうには、途中、上本町駅か鶴橋駅で乗り換えなければならないのだが、上本町は大阪線の発車元の駅であり、乗り換えるには少し手間がかかる。鶴橋駅だと、奈良線と大阪線が向かうようにホームが構えられていて、乗り換えるには随分便利がよい。


 乗り換える為ホームに降りた時、時計の針は十九時十五分を差しかかかる所を指していて、それに私は一つだけ頷き、約束の二十時までは優にたどり着く事ができる安堵感を胸に抱かせながら、高安へと途中下車する近鉄大阪線、名張行の電車を待っていた。


 連結線とはよく言ったもので、到着にはそこまで時間を要す事なく現れ、どこか疲れた顔をした群集と共に電車に乗り込み、ごった返した電車は進み始めた。


 人の営みがもたらす生活の光が灯り始めている街並みを横目に、電車は通り過ぎていき、布施駅からY字型に線を分け、奈良線の先へと広がる光の線が妙に切なく映るのは何故なのか。


 そこから到着する駅は、近鉄八尾。山本と続き、そして高安駅。時刻は十九時四十五分辺り。余裕とは言い難いが、何とか約束の時間へと間に合った事に思わず安堵し、階段を上り、改札をでると、東と西、まさかの二股の出口。Kの家は山の麓であるという事で、山手である東の出口の階段を迷わず下りると、パチンコ屋としがない立ち食いソバ屋、その他諸々の商店が立ち並んでいて、正真正銘田舎の駅前の姿がそこにはあった。


 Kはまだ現れていない様子で、右側に位置する所の踏切信号が引っ切りなしに鳴り響いていて、遮断機はまるで降りっぱなし。それに待たされている人々はさぞかし苛立っている事だろうと、知らぬ顔で空を眺めていた。


 すると、一台の黒いバイクが颯爽と現れ、私の前へと止まった。確実に見覚えのあるバイクで、それに跨る人物がKであると、私は瞬時に分かった。


「Kさん…?」

「佳織ちゃん、お待たせ。」


 透明のシールド越しに、Kの朗らかな笑顔が見えた。ヘルメットはそのアメリカンタイプのバイクに合っているのだが、服装の方はライダースではなく、何故かモード系の細身の恰好であり、バイクとは不釣り合いな姿がやけに可笑しく思えた。


「いや、そんなに待ってないわ。」

「佳織ちゃん、何で笑ってんの?ま、いっか。はいこれ。」


 手渡してきたヘルメットを私は被ると、Kはどこか気取った様子で、親指でバイクの後方を指差した。Kの後ろへと乗ると、バイクには足置きが構造されているという事を初めて知り、驚きながらKの腰回りに腕を回した。すると、


「さあ、佳織ちゃん。出発するよっ!!」


 私の反応を待つ事なく、バイクが動き始めると、タイミングよく遮断機が上がっていた。

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