第15話 ライズ アンド トゥルース

 空は暗く、様々な車のヘッドライトに赤々と映し出されている街路樹の葉が風に舞うその道をバイクは突き抜けていく。


 季節に合ったコートを身にまとわせているものの、バイクへと乗る前に比べると随分寒く感じる。きっとこれが体感温度というものなのだろう。バイクの免許を取得し、これからバイカー人生が待っている私からして、このバイクデートはいい経験になると思った。


 ところでKはどこへ向かっているのだろうか。


 仕事でもプライベートでもこの辺りは来た事がなく、よって地理感などない。高安駅付近の交差点を右折したという事は、きっと北方向へとバイクは進んでいるのであろう。向こう側の夜空がネオンによって明るくなっている事から、この推測に間違いはない、…多分。


 少し大きめの駅の側を通り過ぎ、住宅と商店が立ち並ぶ道をしばらく進んでいくと、左側に学校のような建物が2つ。先ほど気がついたのだが、この道の歩道には小さな堀があり、その側に街路樹が続いている。


『晴れた昼下がりにここを散歩したら、どれだけ気持ちいいのだろうか…。』


 ぼんやりそう思いながら、過ぎゆく景色に想いを馳せていると、横一列に河川がある交差点で赤信号によりバイクは止まった。並んでいる車のヘッドライトでこの場はそこまで暗くはないのだが、その先にある景色は暗く沈み、分からない建築物が闇の中浮き彫りにされている。それに何故か恐怖感を覚えたのは、それが何かという事ではなく、ここがどこなのかという疑問からなのかもと、そう感覚しながら身体を震わせていると、Kがこちらへ顔を傾けて、何かを語りかけてきた。


 他の車のエンジン音と、ヘルメット越しのぐぐもったその声ははっきりと聞き取れなかったものの、「佳織ちゃん、大丈夫?」という内容だと思った私は、笑顔で頷いて見せると、Kは親指を立てた仕草をこちらへと向けた。進んだ距離感と時間から、ここはもう八尾市ではなく、確実に東大阪市に入っていると思った。


 信号が青に変わり、バイクは再び進み始める。幾カ所の交差点を通り過ぎていくと、煌々と闇の中に照らされるコンビニの看板が見えてきて、Kは指示キーを出した。


 店の側にバイクを止めると、Kは私に何も説明する訳でもなく、そそくさと店の中に入っていった。もしかするとトイレを我慢していたのかも知れない。私も少し疲れてきたところだったから、丁度いいタイミングだと、ホットの缶コーヒーを二つ購入して、辺りの様子を窺いながらKの帰りを待っていた。


 しかし空は暗く、手に持っている缶コーヒーの暖かさが全身を癒してくれるほどやけに寒い。


「あ、お待たせ、ごめんごめん。」


 どこか恥ずかしそうな面持ちを浮かべ、戻ってきたKに缶コーヒーを手渡した。やはりKも寒さを感じていたらしく、すぐに缶コーヒーを開けようとせず、その暖かさを掌に移しながら、しばらくの間ぼんやりと夜空を眺めていた。


 ふと、Kがこちらへと視線を向けた。


「佳織ちゃん、お腹空いてない?」


 現在時刻は二十時四十二分。人間、知ってしまうと余計に意識してしまうもので、自分でも驚愕するほど、いきなり腹の虫が暴れはじめた。


「うん、お腹空いてる…。」


 Kは缶コーヒーを開け、少しだけ口に含ませた。


「そか、実は俺も腹減ってたんだよ。ところで佳織ちゃんは何食べたい?」

「何でもいいよ。Kさんに任せる…。」


 とにかく今はお腹に入る物ならなんでもよかった。Kは何かを考える風に、しばらく無言のまま佇んでいると、


「とりあえず外環か中央大通り出たら何かあるだろう。よし、佳織ちゃんバイク乗ってっ!!」


 突然コーヒーを一気に飲み干し、勢いよくバイクに跨り、キーを回すと、エンジン音の心地よい音が闇の中に広がり、Kは満面の笑顔をこちらへと向けていた。

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