第9話 イン ザ ライフ、オン ザ フェイト
ストレス。
いつも感じていないとは言い難いが、嘗て感じた事のない蟠りに、この日は、この日だけは見舞われていた。
これより私が向かう四条畷のAという客が、いつも私にしてくる要求。それは只々凌辱、その他はない。
他の嬢達が耐え切れず、店側がNGを出そうとした時、私が繋いだお客様。所謂、金に特化した概念を持ち合わせる私にしか受け持つ事ができない、難ある客の一人である。
それは初めから分かって受けている予約なのであるが、いつもの凌辱をいつものように受け止める余裕があるのか…。
いらない事は喋らなくていいと咎めている筈のⅠが、この日だけは口数が多く、それは私の異変に気がついていて、それは敢えての事なのだろう。
私に相槌を打たす事のない、ただ一方的な喋りがその事を浮き彫りにしていて、私はそれを聞き流していると、混濁する景色に違和感を覚えた。
過呼吸。それよりも更に酷い症状。息を吸いたくてもうまく吸う事ができないもどかしさ、それより何より苦しく狂おしい。Ⅰの声がまるで遠く、意識が遠ざかっていく。
力して声に出したが声は擦れ、勿論Ⅰは私のこの異変に気がつく様子もなく、相変わらず訳の分からない話を喋り尽くしている。
いつもこのような状況に陥る時は、決まってベッドへと入った時。瞳を閉じると様々な事を無意識に考えてしまい、睡魔がどこかへと行ってしまった時、必ずと言っていいようにこのような発作に見舞われてしまうのである。
最近それがやけに酷く、そうなる事と想定の上で、Mから与えられているこの薬を飲んで眠るようになっていて、最早これをなくして眠る事ができなくなっているほどである。
今朝の電話からざらついた感情が胸に憑依していて、もしかすると、という直観で薬を持っていたが案の定。
『く、薬…。』
ともかく私は持っていたハンドタオルを口に深く押し込み、声を殺し、鞄の中にある薬を手探りで探り荒した。
相変わらず止まないⅠの独り言と、歪む視界。痙攣したような感覚により、覚束ない手。
どうにか何とか激闘の末、薬を取り出す事に成功し、震える手で錠剤をペットボトルの茶で体内に流し込んだ。
頭全体から生汗が吹き出ては、顎から滴り落ちる。血液は濁流のように体中を駆け巡り、そびえ立つ防波堤のように筋肉は硬く、引き攣っている。
『先ほど薬は確かに飲んだ。心身は次第に回復へと向かう。』
そう信じるしかできず、目を開いたまま何も見る事もなく視線を宙へと泳がせた。
Ⅰの下らない喋りは一向に止む気配はなく、私のそれに気がついていない。きっとそれは不幸中の幸いであるのだろう。動悸は次第に止み、何の差し支えなく仕事に取り掛かれる。Mから手渡された薬に心底救われたと、この時初めて思えた瞬間だった。
『四条畷市』
その案内板が見えた時には、私の意識は完全に回復しいていて、いつもの仕事モードに切り替わっていた。
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