第8話 イン ザ ライフ、オン ザ フェイト
ある日の朝、突然私の携帯が鳴った。
店とⅠと指名客からの着信音は其々振り分けているからすぐに分かるのだが、それ以外の着信音。
ディスプレイを見てみるとやはり知らない携帯番号だった。
「はい、もしもし…。」
「佳織ちゃん?さしかぶいじゃねぇっ!」
私はその言葉に驚愕し、ベッドへ横たわっていた身体を跳ね起こした。
「えっ?叔父さん…?」
「なんね、その言葉。佳織ちゃん、すったい都会の娘になっそもたんじゃね。」
私の脳裏に様々な疑問が過った。
父と母でさえ連絡を途絶えているにも関わらず、中学卒業以来会っていないという確実に親交の薄い間柄であるこの叔父さんの、極めて今更ながらのこの電話。違和感よりも、確実に面妖である。
私は昔の言葉を心の引き出しから探り当てるよう、何とか言葉を這わした。
「そげなこつ…。そいよっかおんじょさ、ないごいよ?」
「そげなどけなもなかっ!!佳織ちゃん、よお聞きたもんせ…。」
先ほどの陽気とも思える言葉とは裏腹に、叔父は神妙な口調で語り始めた。
私が大阪へと旅立った後、母側の金の使い込みや父側の数々の不倫が次々と発覚し、夫婦喧嘩が激化していく中、両方の親類を巻き込こんだ争いへと発展していった。
話は離婚へと促されていき、長い長い離婚調停の結末。それは当たり前のように女である母へと軍配が上がり、多額の慰謝料を父が支払うという事で一旦幕が下りようとした。が、父はそれを不服とし、次は裁判所へとステージを移し、話は泥沼化していった。
それからというもの、何年もの激闘を重ねた末、是は母、非は父と、話は覆る事なく、これまでの裁判費用や慰謝料と、父は離婚調停の時以上の多額の負債を背負う羽目になった。
元より狭心である父は、困惑の渦に巻き込まれていったのだろう。こう結果が出た以上成す術もなく、しかも金もない父は、自ら死を選んだ。
先日、かつて私も住んでいた家のリビングで、首を吊った父の姿が発見された。
『この木曜日に葬儀は行われる』との事を叔父は伝える為、誰かから私の番号を入手し電話をかけてきたらしい。
これがどれだけ深刻な話であるかなど分かっている。しかし、この街へとやって来たのは、過去の全てを捨てる為。
今更ながら戻れる筈もなく、何よりこれまで自分に見向きもしなかった両親に対し、何の感情移入もできず、この話が何とも愚かしく、実にナンセンスであるとしか思えなかった。
「どげんね、佳織ちゃん。いっど鹿児島さ、おけらしさいな。」
私は一度深く息を吸い…。
「そんな事、もう私には関係ない話ですから…。」
「そげなこつ…。」
私は叔父の言葉も待たず電話を切り、携帯を徐に放り投げた。
再度携帯は鳴っていたが、それに気も止めず、机の上に置いてあったハーブティを飲み干して、ベッドへ再びなだれ込んだ。
「今更知らないわよ。ホント、自分勝手の馬鹿ばっかりね…。」
私はそう一人ごち、瞳を閉じた。
この都会で今を生きる為に、そんなしらけるばかりの言葉を気に止める余裕など私にはなく、この数時間後にはレジ打ちの仕事、そして夜の仕事が…。
何よりこの日の夜は、私を求めるお客様の予約が分刻みに入っており、お言葉ではあるが、『そのような事』に気を止めている場合でなく、とにかく心身ともに休ませなければならなかったのだ。
昼になり、スーパーのレジ打ち仕事を終え、自宅で仕事の準備に勤しんだ。
この日はⅠが直接私の家に迎えにくるという事で、詰所へと向かう時間が浮き、只々体力温存の為に身体を休ませていた。
昼の仕事はいつも通りで、体力を特に消耗させる場面などなかった筈が、いつもになく身体が怠い。きっとそれは朝の電話のせいであろうと私は思った。
気にする必要はないとその時は思ったが、流石に肉親の死を知らされてしまうと心に何かしらの影響はある。が、常連の指名客に疲れた顔で接客する訳にもいかない。
少しの間でも落ち着かせなければならないと、私は懸命に瞳を閉じていると、家のインターフォンが鳴った。
それはⅠがここへ到着したという合図。私は鞄を持ち、重い身体を引き摺るように扉を開けた。すると、
「佳織さん、御迎えに上がりましたっ!」
Ⅰの笑顔が私に降り注いだ。
あの日、下僕という不名誉な称号を与えられたにも関わらず、何故笑顔でいられるのか私には分からない。
「仕事の段取り、店から聞いてるわよね?初めは四条畷のA様。」
「はい、窺っておりますよ。これより…。」
鞄をⅠに放り投げ、いつものようにⅠが開ける車の後部座席に乗り込んだ。
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