第7話 アナザー

 正午前、私はいつものようにスーパーへと出勤した。


 色褪せたトレーナーと安っぽいジーンズ。そして、いつもの眼鏡をかけ、金にものを言わせる客の物欲にバーコードを通す。


「……。105円、315円、525円。合計3250円で御座います。」


 カシャンと心地よいレジが開く音がした。私は客から金を受け取り、レジから釣りを取り出し、客へと手渡す。


「ありがとうございましたー。」


 心にもない言葉と笑顔を浮かべ、そして、また次の客の物を横流す。


 酷くダサい恰好である私の姿を、誰も気にする事などない。それはそれで思惑通り。


 まるでベルトコンベヤーの作業員のような単純さであり、極めて日常的なこの仕事は、本来の私を忘却しない為だけに過ぎない。


 毎日、同じような品物がここから規律よく運び出されていく。ただそれだけ。


 そんな平凡であり、陽だまりのような優しい時間は夕方になると終焉を迎え、スタッフ皆に「お先に失礼します」と告げて店を後にしたと同時に、私は牛乳瓶の底のような眼鏡を外して家路を急ぐ。


 夜の蝶とよく表現するのだが、夜に飛ぶ蝶の姿をこれまで見た事などない。それはつまるところ、少しだけ美しく装っている蛾なのであろう。


 人々の日常をスーパーで垣間見て、私は夜の世界へと飛び立つ勇気を養っている。


 ネオン蔓延る大都会の夜は、何も知らない者にとっては憧れに過ぎないのだろうが、その底辺を支えている私達、風俗嬢にとっては風の前の塵に同じであり、全ては幻。


 真実などどこにもなく、輝きなどとうに忘れてしまった嘘に塗れた悲しい人間達。それでも…、夜に魅せられたように、私はあの店へと向かうのである。


 そして、今日も女である私の下僕と成り下がった男、Ⅰの車で、欲望孕ませる者の元へと運ばれていくという、Ⅰと私の関係は正しくシュール。


 本回語った事が私の心の中。

 そう、正しく全てなのである。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る