第3話 ファースト・コンタクト

「佳織さん、お疲れ様でした。今回はどんな客だったんですか?」


 満足そうな面持ちで爪楊枝を口に挟みながらⅠは言った。


「ん?まあ、普通の客よ。差し詰め語る事なんてないわ…。」

「あ、そうなんすか?帰ってきた時の佳織さん、どっかいつもと違いましたから…。」


 いる事に気がつかないで、このような事だけ気がつくⅠの首をいっそ絞めてやろうかと思ったのだが、それもそれで彼のいい所だとたしなめて聞き逃した。


 来た道を戻る風景はまた違う感じで、それはきっと時間帯が違うからなのか、数時間前より確実に光の数が少なかった。


 時刻は四時過ぎ。大阪の街は既に動き出している時間であろう。この時間に私の一日は終わるのである。


 今日も私のイノセンスと引き換えに男どもの欲望を抱きかかえ、金へと換えた。いつもならそれで終わるのだが、最後のKと名乗った男の存在が未だ私の胸を締め付けていた。


 携帯電話が鳴った。この音は店からである。


「は、はい。佳織です。うん、お話は有り難いのですが、体調が優れぬ故、これ以上仕事を続行するのは困難かと…。ええ、はい。また明日よろしくどうぞ。」


 電話を切ろうとした私は、必ず伝えなければならない要件があると再び受話器を耳にした。


「あ、もう一つお伝えしたい事が御座いまして。今度の賜った仕事、私の住まい5㎞圏内であった事をお気づきで頂けているのかしら?」


 電話の向こう側で慌てふためく声が聞こえた。


「うん、ええ。まあ…、今度は私の胸に刻むだけにしておきますが、次、同じ事なさいますと他の嬢に横流しますから。その事を事務所の黒板によく記載しておいて下さい。では、ごきげんよう。」


 電話の電源をダウンして、鞄の奥底に沈め込み、「ふうーーーーっ。あー、疲れた…。」私はようやく安心してシートにもたれ掛かる事ができた。


 毎日色々な事が襲いかかるのだが、いつもより一段と疲労感が酷いのは、確実に最後の男のせいである。


「さっきの電話の内容聞いてたと思うけど、今日はもうアウト。自宅まで運んでちょうだい。」

「はい、分かりました。」


 Ⅰはそう言ってハンドルを強く握り直し、外環状線の道を進ませていく。


 秋へと変わったすぐの季節、寒い季節になる手前である。時刻は朝方、山から太陽の眩い光が登ろうとしていた。


 こんな時刻に仕事を終える事だけが未だ馴染む事ができず、この街で唯一、自分の居場所である家だけが私の癒し。と、もう一つ…。

 まるでせかすように、過ぎゆく窓の景色を追いかけ続けた。

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