08話.[やっぱりないな]

「俺、好きなんですこれ」

「これぐらいなら食材を買ってくればすぐに作れるからこれからも言ってくれればいいぞ」


 その食材費だってほとんどかからないから気にならない、これで少しずつ返していく、なんてどうだろうか?


「美味しいです、俺も同じように頑張らなければいけません」

「これ以上頑張ったら疲れるだろ、いまのままでいい」


 寧ろ彼が頑張らなければいけないのはあっち系のことでは? それとも、あっちのことでは特に不安もないということなら……って、なんで俺がこんなことを考えているのかって話だろ。

 俺は待っているだけでいい、その方がきっと上手くいく、……なにもなかった際に恥ずかし死することもなくなる。


「あ、やっぱり頑張らないわけにはいきません。だって早くしないと亮太朗先輩が三年生になってしまいますからね、悠長にしていたら亮太朗先輩は卒業してしまうかもしれませんから」

「そ、そうか」


 頑張らなければいけないことがあるだろとかそういうことを言ったわけでもないのにこうなったから少し驚いた、考えていることが分かるとかそういう能力があるわけでもないだろうから本当にたまたま、だろうが。


「俺は料理だけじゃなくて亮太朗先輩のことも好きなんです、自分が後悔しないように積極的に行動するだけですね」

「……いや、特にいまからなにかをしようとする必要もない、かもな」


 俺とそういう関係になりたいなら彼がしなければいけないことというのはもうひとつしかない、これもまた俺から言うのは違うから出しやすくなるように違うことを言ってみた。


「それはどういう……」

「つまり、しなければいけないことははっきりしているということだ」

「だから俺は振り向いてもらえるように頑張ろう……と、あ、なるほど」

「ああ」


 それをしない限りはただの友達として仲良くなっていくだけだった。

 いやまあ悪いことではないから俺はそれでもいいが、彼的には多分違うはずだから先輩としてちょっと、な。

 する側はとにかく緊張するだろうからサポートしてやる必要がある。


「亮太朗先輩が好きなんです」

「って、すごいな、このまま言えるのか」

「そもそも直前に言っていましたからね」


 確かに、これで後は俺が受け入れるかどうかという話になったのかって、それこそここで断るようなら糞人間ということになる。

 その気がないならこれまでもこういう話題からは逃げておく必要があった、そういうのにも全部ちゃんとした態度でいればこうなってはいなかっただろうから。


「断ったりしないぞ」

「ははは、ありがとうございます」

「だが、いまので疲れたから月曜日まで寝るわ」

「え、せめて明日までにしてくださいよ」

「……冗談だ、だけど休むわ」


 関係が変わったからって分かりやすく変わるわけじゃない、多分、距離感はずっとこのままだと、


「そんなに近づいてどうした?」


 思う、そう考えていたところにこれだから反応に困った。

 同じ距離感のままにするわけがないということなら関係も変わったことから違和感というやつもないが。


「俺、このままにするつもりはありませんから」

「そうか、それでも今日じゃなくてもいいだろ?」

「よく考えてみたらそうですね」


 ほっ、なんかかなり安心できた。

 そういうのはゆっくりでいい、次に求めてきたら拒むことはしないと誓おう。


「ちなみにこのことはやっぱりいつものように内緒ですか?」

「励にぐらいだったらいいかもな」


 俺はこれからひとりで頑張らなければならないことがあるから休もうとしていた。

 家でもこそこそしたくはないから最強の母には言っておかなければならない。

 大晦日のときのあれで察していたんであれば多少は気楽になるんだが……。


「って、本当にそういう関係になったのか?」

「まあ、これまで拒まずにいたのにそれだけ拒むのは違うだろ?」

「なんだそれは、お前は青のことはどうでもいいってことか?」

「そんなわけがないだろ」


 どうでもいいなら受け入れたりなんかしない、そもそも普段から一緒にいようとなんてしないだろう。

 母にしては変なことを言う、でも、これだけで戻るのは違うから次になにかを言われるまで待っていることにした。


「お前はそうしていたから受け入れただけなのか?」

「嫌じゃないからだけど」


 だから嫌ならそもそもそういう雰囲気とか気配を感じ取った時点で逃げていた、他にはともかくそういうのには分かりやすく対応していたと思う。

 慎重だったからよかったんだろうな、ゆっくりだったからこそこっちも自分らしく対応できたはずだから。


「まあいい、受け入れたからにはちゃんと相手をしてやれよ、適当にするようだったら私が終わらせるからな」

「そんなの当たり前だ」

「青は部屋にいるんだろ? ちょっと連れてこい」

「分かった」


 連れてきたらその話じゃなく普段みたいに普通に会話をしていただけだった。

 こういうところは母らしいと言える、って、結局俺が変な風に見ていただけか。

 いつの間にかこっちが変わっていたことになる、意識しても変えられないのにこういうことは平気で起こるからそこだけは微妙だと言えた。


「にしても周りには女がいっぱいいるのになんで男を好きになるんだよ」

「なんででしょうかね」


 あ、結局その話になるのね。

 母が我慢なんてするわけがない、もし我慢をするようだったら風邪を引いているんじゃないかと心配になってしまうからやめてほしい。


「私の息子は非モテなんだ、そうだからこそ男に走ったみたいに見えるだろ」

「俺だってそうですよ」


 仲がいい女子がいるのは分かっているが告白されたということは聞いたことがないな、もしかしたらただ隠していただけなのかもしれないが。

 まあでも、言われてもお、おうとしか言えないからそれでよかったのかもな。


「だから男に走ったのか」

「そ、それは違いますけどね」

「せめて励にしろよ、励の方が見た目も可愛いだろ」

「見た目が全てではないんですよ」


 俺のことを考えてくれて言ってくれているんだろうが、なんだか気になる言い方なのは確かなことだった。

 地味に言葉で傷つけてくるのが青だ、もしかしたらこれも俺の考えすぎってやつの可能性も……。


「亮太も悪くはないが励も可愛げのある奴だ、いまからでも励に変えた方がいい」

「多分、励先輩だったら受け入れられていなかったと思います」

「亮太だってそれは同じだろ、何故か受け入れているけど」

「ははは、確かに由舞さんの言う通りですね」

「勘で動いたってことかよ、中々にやばいことをしたな青も」


 自分の中に留めて伝えずに終わらせる、俺だったらそうしていたかもな。

 そういうのもあって、母の言っていることは合っているのかもしれなかった。

 もっとも、そんなことを言っている母なら余裕でできそうだったが。


「離れたくなったらちゃんと言えよ? 自分から求めたからってずっと居続ける必要はないんだからな」

「か、関係が変わった日に言わないでほしいです」

「はははっ」


 これも母らしいと言える。

 ただ、もう少しぐらいはこっちにも話しかけてほしかった。




「亮太朗じゃなくて僕にするべきだったと思うけどなー」

「励先輩はずっと近くにいてくれないですからね」


 見た目とか能力とかそういうこと以外で言えば本当にそうだった。

 求めているときに他を優先して行動されると困る、まあ、なにを優先しようがその人間の自由というのは本当のことだが。


「ちゃんと言ってくれたら側にいたよ、でも、青ちゃんは亮太朗にしか本音を話していなかったでしょ?」

「え、って、別に俺のことが気になっていたわけではないですよね?」

「正直、亮太朗を取られたのがむかつくんだよね」

「あ、あげませんよ? 他を優先して油断しているからこういうことになるんです」


 ツッコんでくれ、励にそんなつもりは全くないぞ青……。

 まあでも、馬鹿正直に付き合ってしまうところも可愛いかもしれないな。

 それこそ前に励が言っていたことも合っていた気がする、そんな青と俺だからバランスがいいのかもしれない。


「亮太朗、やっぱり僕にしない?」

「そう言われても困るぞ、俺は青からのそれを受け入れたんだからな」

「亮太朗は僕のなのにい!」


 俺は死ぬまで俺のだ、他が色々変わってもそこだけは変わらない。

 見ていると本気で言っているかのように見えるがあくまで励の発言なんだぞ、という意識でいなければいけない。

 やっぱりないな、青を困らせたくてしているだけだから止めておこう。


「よし、それなら頑張った青ちゃんのためになにかを奢ります」

「いいんですか? それなら焼肉を食べに行きましょう」

「どんとこいだよ! あ、ちなみに亮太朗の分はありません」

「俺は自分で払うからいいよ、それなら今日の放課後に行くか」


 あくまで両親のためにご飯を作ってから行くつもりだった、が、母から『気にしなくていい』というメッセージが送られてきたからそういうことにした。

 なにかを言われたらそうかで終わらせることが多い自分だからこそのそれだ、決して自分勝手だからとかそういうことじゃない。


「こういうことを繰り返していけば卒業するまでには青ちゃんを僕のところに連れ戻せるんだよね、ふふふ」

「亮太朗先輩が俺のことを嫌いになって離れることはあってもそれだけは絶対にありませんよ」

「そ、そんなの分からないじゃないか!」

「分かります」

「亮太朗ー……」


 これが所謂マジレス、というやつなんだろうか。

 青からは冗談でも言うなよと顔から伝わってくる、励は自分のためにもこれからはやめた方がいいかもしれない。


「やっぱり亮太朗の方がいいよー……」

「この短時間で何回も変わりすぎだろ」


 それで振り回されるのも嫌だ、面倒くさいのは嫌だった。

 多分、止めようとすると怒られそうだったからそういう点でもやめてほしかった。




「亮太朗先輩と励先輩が話しているところを見るとやっぱり勝てないなってその度に突きつけられるんですよね」

「同じ土俵に立っているわけじゃないからそもそも勝ち負けすらもないぞ」


 俺や励が全く相手をせずに無視をする人間だったらあんなことを励だって言ったりはしない、反応してくれるからこそそのリアクションを楽しむためにしているというだけの話だ。

 ああいうタイプは隠すために冗談交じりに言ったりするのかもしれないが、冗談を鵜呑みにはできないからそもそも意味のない話だった。

 というか励は俺と違って異性からも求められる人間だからな、それなのに敢えてこっちを求めるなんてありえない。


「余計なことは気にせずにゆっくりやっていこうぜ、常にそんなことを考えながらだと自然と楽しめないだろ」


 授業を受けるなら椅子に座らないわけだがあれは少し窮屈なんだ、身長が高かろうが低かろうが疲れるだろうから家にいるときぐらいは休めばいい。

 俺の家でももう緊張するということはないだろうし、せめて足を伸ばして座れと言っておいた。

 これからも変な遠慮はいらない、遠慮しているようなら今度こそはっきりと言わせてもらおうと決める。

 どうであれ俺は彼からの要求を受け入れたんだから求める権利があるというやつだった。


「亮太朗先輩みたいになりたいです、俺もいつだって冷静に対応できるようになりたいです」

「俺みたいになりたいんだったら積極的に休まないとな、明日も問題なく授業を受けられるように体力回復を優先するんだ」

「分かりました」


 これで今度は励も巻き込んでしまえばいい、そうしたら寝ていてもちくりと言葉で刺されることもなくなる。

 青にとってだって励は友達なんだ、一緒にいたいはずだから悪くない選択だ。

 一緒にいることで冗談を上手く躱せるようになってほしかった、今度頑張らなければいけないのはそれだ。


「だけどいまは休憩だな」

「え? はい、こうして休ませてもらっていますけど」

「おう、休憩は大事だからな」


 自由に休んで頑張ろうと自然と動けるときまで待てばいい。

「亮太朗は休んでばっかりでしょ」というツッコミを脳内でされてしまったが仕方がない、俺は励と違ってすぐに疲れるからこうするしかない。

 あ、こうやって言って意図的に避けているとかそういうことじゃなかった。

 告白を受け入れたからにはちゃんとそれだって受け入れるさ、次、がまた訪れていないだけでな。


「なんかこうしていたら眠たくなってきました……」

「気にせずに寝ればいい、それなら俺はご飯作りでも始めるかな」


 その前になにか掛ける物を渡してからではあるが。

 昨日は焼き肉を食べに行ってサボってしまったからちゃんとやらなければならないことだった。


「なにを作るかね……」


 結構食材があると逆に悩むことになるという面倒くさいそれとぶつかっていた、そうでなくても同じやつになりやすいんだから勘弁してほしい。

 卵だけ! とかそういう極端な方がやりやすいんだよ。


「ただいま」


 結局、なにが食べたいのかを聞いてから作るということにした。

 この方が文句を言われなくていい、要求してくる料理は何度も作ったやつだから不安になることもない。


「……帰ってきたんですね」

「ここは私の家なんだから当たり前だ、眠たいなら帰ればよかっただろ?」

「そう言わないでください、あんまり離れたくないんですよ」


 今日は励がからかうために何度も俺のところに来ていたからだろう。

 そういう変化はすぐには訪れないから上手く付き合っていくしかない、が、だからこそ焦ったりするのかもしれない。


「勝手に悪く考えて自滅だけはするなよ? 特に励の存在には気をつけろ」

「ははは、亮太朗先輩と同じことを言っていますよ」

「私と亮太は親子だからな、似た発言をするのは普通のことだ」

「ですね」


 頼れる大人も近くにいてくれるから心配する必要はなさそうだ。

 また、母の方も青を気に入っているというのがよかった。


「亮太、私がやっておくから青の相手をしてやれ」

「いや、昨日はサボったからな」

「駄目だ駄目だ、青を放置しようとするな」

「わ、分かったから押すなよ……」


 追い出されてしまったから会話でもしておくことにした。

 考えるだけなら問題にもならないから母の真似もしてほしいと思ったのだった。

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