07話.[それでもいいさ]
昨日のことを思い出して学校に行きたくなかったが、これ以上家にいると母が怖いから仕方がなく制服から着替えて向かうことにした。
眠たすぎたのは事実だったとはいえ、だからってあんな絡み方をするのは違う、もし戻れるのであれば一昨日まで戻ってちゃんと寝たいところだった。
「おはようございます」
「おう、おはよう」
それでも普通に返しておけば昨日のことを言われることはなくなる。
こういうところは褒めてやりたいぐらいだった、冷静に対応するということができていて素晴らしい。
言ってしまえばちょっと足を借りた程度だからな、別に抱きしめたとかそういうことじゃないんだから考えすぎだった、というだけで終わる話だ。
「今日も眠たかったら言ってくださいね、俺が足を貸しますから」
「今日は大丈夫だよ」
あんなことにはもう絶対にさせない、同じような失敗を何度も繰り返すような人間じゃないんだ。
「ふっふっふ、君達を待っていたよ」
「よう、行くか」
「あ、適当に流さないでよー」
学校及び教室に着いたら椅子に座って大人しくしておくことにした。
俺はここの住人になる、少なくとも放課後までは絶対にそうだと言える。
トイレや移動教室以外で教室から出ようとすることの方がおかしかったんだ、これもまた同じ失敗をしないように直していけばいい。
「亮太朗先輩、ちょっと違うところに移動しませんか?」
「なにがしたいんだ?」
冷静冷静、慌てたらそれこそあからさまな感じになる。
年上としてこれ以上情けないところは見せられない、あくまで普通に対応をしていれば失敗もしない。
「今日は逆にしてもらいたいです」
「学校じゃなければ駄目なのか?」
「あ、放課後に家で……でもいいですけど」
「それなら家の方がいいな」
こういうところはちゃんとする、してもらっただけというのは気持ちが悪いからそういうのは避けたかった。
つか、ここで拒んでいたら最低な人間になる、青の気持ちを弄びたいというわけじゃないからこれでいい。
「それにここと違って途中で中断、なんてこともないだろ?」
「あ、そうですね」
「安心しろ、俺はちゃんとするから」
だから表情で揺さぶってこようとするのはやめてくれ。
昨日だってそのせいで変なことをしてしまったんだ、結果、俺は青を不安にさせたというだけで終わった。
そういうことは少ない方がいい、俺のところにも来てくれる可愛げのある後輩を不安にさせたくなかった。
「昨日のことも励には内緒な、笑ってくることはないだろうけどさ」
「分かりました」
「じゃ、今日も放課後まで頑張ろうぜ」
やらなければいけないことをしっかりやってからなら引っかかることもなくて気持ち良く過ごすことができるだろう。
ただ、放課後が近づくにつれて少しずつそわそわとしてきてしまった。
俺みたいに勢いでするのではなく、こちらに○○をしたいと言ってきている状態だったからだ。
昨日変なことをしていようとしていなかろうと結局自分は情けない年上ってやつなのかもしれなかった。
「ここは通さないよ、亮太朗」
「青と約束をしているんだ、だから今日は通してくれ」
「僕も行く、変なことをするわけじゃないんだから大丈夫だよね? それとも、変なことをするから駄目なのかな?」
「今日は駄目だな、励の頼みでも聞くことはできない」
昨日の俺みたいに勢いでするのが変なことであって、別にいまからのそれは変なことには該当しないはずだった。
本当に今日は無理だと言っておいた、多分、青だってそれを望んでいるから。
なんでもかんでも受け入れるというのはきっと駄目なんだ、そうしたいんであれば青に受け入れられないとはっきり言うしかない。
でも、俺はそうするつもりはないから問題ないというわけで、
「今日は許してくれ」
「分かったよ……」
「ありがとな」
こうして真っ直ぐに言えば励は聞いてくれる、実際、いまだってこうして終わらせてくれたんだからありがたい話だった。
廊下に既に来ていることは分かっていた、だからそれでも三人で帰ろうとしたんだが励からは「友達と帰るから一緒に帰れないよ」と言われてしまった。
「多分、俺のことを考えてくれたんだと思います」
「そうかもな」
俺としては他の友達だって大切な存在だからそっちを優先しているだけのようにしか見えなかったものの、それだけで終わらせておいた。
「さ、いつでもいいぞ」
「それじゃあ……」
って、これは小さい頃によく励にしていたことだから全く恥ずかしいことじゃないよな……。
結局冷静に対応できていなかったことになる、なにをしていたんだろうとひとりで呆れることになった。
「実はこの前、亮太朗先輩に面倒くさい絡み方をする励先輩に全部ぶつけたくなったんです」
「あ、トイレに行ったときのことだよな?」
「はい、でも、結局俺も似たようなものなのになにを言おうとしたんだってあの日の夜に呆れたんですよ」
本人がこう言っているんだから青は違うだろ、なんて言わなかった。
そういうことを求めているわけではないと思う、求めていたのならこの時点で失敗をしたということになるが。
「そういうところを直したいです」
「俺も直したいところはいっぱいある、小さなことで落ち着かなくなるなんて情けないからな」
関係が変わっても変わらなくても年上であることには変わらないから直さなければいけないところだった。
得意のポジティブ思考で何年でも一緒にいられると考えてしまっているからこそのそれだ。
「青にあんまり情けないところを見られたくないんだ」
「情けないところなんて見せてくれたことありましたっけ? いつも余裕そうで俺としては複雑な気持ちになることも多いんですけど」
「それはどこの世界の俺だよ、俺のことが気になっているから補正みたいなものがかかっているんじゃないか?」
「それは違います」
いーや、間違いなくそういうのが存在しているはずだ。
というか俺はいまの発言で滅茶苦茶に不安になったが、冷たい顔で「なにを言っているんですか?」とか言われなくてよかった。
こういうことを求めてくるんだからそんなことはないと分かっていても実際に本人にぶつけるのは緊張するんだ。
「寧ろそういうところを積極的に見せてください」
「なんだよそれ……」
「だってその方が近くにいられている感じがするじゃないですか」
「そんなことをしなくても十分近くにいるよ、物理的にも、まあ、精神的にもな」
高校生と成人済みの人間というわけじゃないからそうだろう。
寧ろこれだけ許可していても遠くに感じているようならやばい、多分一生近づくことはできない。
そんなことになったら単純に俺が嫌だから余計な心配をするなと言っておいた。
「あ、足が痺れた!」
「い、いますぐどきます」
歳を重ねたこととか運動不足とかそういうのが影響して俺の足は弱かった。
せめて三十分ぐらいはしてやろうと思ったのにこれでは微妙だ、青としても時間が短いと満足感というのも薄まって不満を感じることもあるかもしれない。
とはいえ、俺の方からまた貸してやるよなんてことは言えないからとりあえず足を伸ばして休憩しておくことにした。
正直、会話がなくなると一気に雰囲気が怪しくなる、だからいまさっきみたいに話してくれるとありがたいんだが……。
「今日も今日とて励参上! 気まずい空気も吹っ飛ばすから安心してよ!」
「あれ、母さんはもういるのか?」
「うん、インターホンを鳴らしたら出てきてくれてね」
全く気づかなかった、それに今日はいつもより帰宅時間が早すぎる。
なにかがあったというわけではないだろうが一応確認しに行ってみると、ソファに寝転んで休んでいた。
「私はもう駄目だ、もう仕事を頑張れない……」
「だから早く帰らせてもらったのか?」
「違う、今日はちょっと早く終わっただけだ」
早く終るとかそういうことがあるのか、まあ、なにかがあったとかそういうことじゃないんならそれでいい。
ふたりを部屋に残したままだから戻る、そうしたら俺のベッドに寝転んで寝てくれている励がいてくれたが起こしたりはしなかった。
「由舞さんはどうでした?」
「疲れたって言ってたよ」
「俺らも社会人になったら毎日仕事が終わった後に言いそうですね」
「それでもいいさ」
なにかしらのことをしないと疲れもしないんだからそうだと言える。
もしなにもしなくても疲れてしまう人がいるなら多少の運動をした方がいいと進めるつもりだった。
「……励先輩が羨ましいです、俺もこれぐらい行動したいです」
「いや、ベッドに寝転ばれても困るからやめてくれ、本人が近くにいるんだからそっちでいいだろ?」
「と言っていますけど、結局、できることは少ないですから」
これでもまだ中途半端ということなんだろうか? もっと分かりやすく行動してやらないと不安になってしまうということなのか?
「なあ、俺の行動って中途半端か?」
「そういうわけではないですけど、期待してしまうのは確かなことですね」
「これまで拒んでこなかったからか」
「はい、露骨に嫌そうな顔をしてきたりとかそういうことも一切なかった……ですからね」
じゃあ……あとは青が勇気を出せるかどうかということか……? 俺がしなければいけないことというのはない気がする。
変に動くとごちゃごちゃしそうだということもあった、言い訳をしているようにも見えるかもしれないから口にしたりはしないが。
受け入れられることを受け入れているというだけの話だ、これからもそれを続けることは俺として生きていく以上、確定していることだった。
「無理はしていないからな、そこを勘違いしてくれるなよ?」
「はい」
「じゃ、この自由人を起こすとするか」
話せるときに話しておきたいから寝かせたままではもったいない。
すぐ友達を優先して離れる人間だから仕方がない、こういうことをされるのが嫌ならもっと俺達のところに来るべきとしか言えなかった。
「うぅ、昨日は力強くされたせいで体の端々が痛いよ……」
「ちょっと心配だから保健室に行った方がいいぞ、もしひとりで移動しづらいということなら連れて行ってもいいけど」
「亮太朗は意地悪だ!」
あくまで普通に肩を揺らして起こしただけだった、額とかそういうところを叩いたとかそういうことじゃない。
寧ろそういうことをしそうなのは青の方だった、だからさり気なく違う方へ向けようとする必要があって疲れた。
「最近は青ちゃんがちょっと怖いんだ、初対面の頃と少し似ている気がする」
「え? いや、最初の頃のそれは信用していいのか分からなくてって感じだろ」
「だから似ている気がするって言っているでしょ」
それでも怖いというところには繋がらない、
初対面の俺にも合わそうとしてくれていた、つまり我慢してくれていたということになるがそういうのがあったからこそ仲良くなれたと思う。
最初から素っ気ない態度とかだったら俺は離れていたことだろうな、まあ、その場合は向こうの方が先に離れるわけだが。
「亮太朗は確かにいい子だけどそんなにいいかなあ?」
「人それぞれ違うからな、俺は励の方がいいと言ったんだけどな」
「それはそうだよ、だって僕の方が明るくて優秀でいいもん」
「ははは、自分で言ったらおしまいだ」
明るくて優秀なのは確かだ、そういうのがあったからこそこの前の女子だって彼に告白をしようと勇気を出したんだろう。
なにがあるか分からない人生だから俺が誰かから好かれてもそんなもんだよなというだけで終わる話ではある。
同性だろうが異性だろうがそういう意味で好かれたことはなかったから悪くない。
「そういえば今日はすぐに来ないね」
「やらなければいけないことがあるんだろ、こういう日だってあるよ」
あの女子相手に色々話しているみたいだから今日はそれで盛り上がっている可能性もある。
これだけ一緒にいれば放課後に行けば一緒にいられると分かるし、放課後までは自由に過ごしてもいいと考えたのかもしれない。
行動を制限するつもりはない、仮にできる立場だったとしても求めないから安心してくれればいい。
「ふふふ、もしかしたら亮太朗は飽きられちゃったのかもしれないよ?」
「それは寂しいことだな、でも、ずっと興味を抱いてもらえる可能性の方が低いから仕方がないと片付けるしかない」
相当変なことにならない限りは去ろうとするのを止めるわけがない。
そうなったときに相性が本当は悪かったんだとか言うつもりもない、が、実際に発言通りに行動できるのかどうかは分かっていないままだ。
幸い、これまで一度もそういうことがなかったからだ、小さなことでも不安になったりするぐらいだから考えすぎて自滅、なんてことも……。
「自称ポジティブなの? もうその時点で駄目じゃん」
「自信過剰になっても駄目なんだよ、自分にだけ影響するわけじゃないからこれぐらいでいいんだ」
矛盾していると言いたいなら気持ちは分かる、多分、本当にポジティブ思考人間ならこう何回も不安になったりしないだろうから。
実際になにかがあったわけでもないのに勝手に考えて自滅に近いことをするなんて自称でしかないだろう。
「りょ、亮太朗……先輩」
「ど、どうした、なんかやけに弱っているけど」
「あ、いえ、授業でちょっと疲れただけです」
「そうか」
教師は協力プレイなんかが好きだからそれ関連のことで疲れたのかもしれない。
そういえば人が多いところは苦手だとか言っていたがと聞いてみたら「クラスメイトぐらいなら大丈夫ですよ」と答えてくれた。
そりゃそうか、もしそれすら駄目なら毎日疲れるどころの話ではなくなるというもんだ。
「授業で疲れることってある? 体育で持久走とかそういうのをしたとしても心地が良くなるだけだけどな」
「運動をするとスッキリするのは確かだな、でも、疲れないってことはないよ」
「えー、まだ未成年なのにそんなのじゃ駄目だよー」
「未成年だろうが成人だろうが運動をすれば疲れるもんだ」
日常生活の至るところではあはあと疲れてしまっているわけじゃないから問題ない、学生生活が終わってからも動くことには変わらないからすぐに悪いことになるわけではないだろう。
「もうすぐ冬も終わりますから運動しますか?」
「まだ二月にもなっていないぞ」
「あ、言っておいてなんだけど僕もちょっと、寒いのがあまり得意ではないから」
珍しいこともあるもんだ、積極的に動こうとすると思ったのに最近は変なことばかりだ。
だけどこれが俺の人生ということならそういうものだと片付けるしかない、俺が努力をしたって似たようなことになるのは目に見えている。
「冬は疲れやすい季節なのかもしれないな、母さんも励も意外なことばかりしているから」
「僕のは疲れじゃないって」
「はいはい、そういうことにしておくよ」
ふたりとも翌日にはいつも通りに戻ってくれるからその点はいいが、少しでもそういうところを見せられると気になるのは確かなことだった。
つか、そういうところを見ておきながらなにも感じない人間という方が嫌だからこのままでいいが。
「ちなみに俺は疲れたとかそういうのは全部言うからそういう人間だと認識してくれよな」
「はい? そんなこと今更言われなくても知っているんだけど?」
「俺も知っています」
……なんか青のその発言からは暗に情けない先輩と言われている感じがするが気にしないようにしておいた。
「ひとりぐらいは情けない感じの子もいてくれないとつまらないからね、それも亮太朗風の個性なんじゃないかな」
「嫌な個性だ……」
もっといい意味の個性があってほしかった。
「だからこそ真面目な青ちゃんといい組み合わせになれるかもしれないね」
「そうか、それならよかった」
「うん、でしょ?」
ならよかったってことだな、悲観するべきことじゃない。
ネガティブ思考ばかりをする人間じゃないから気にしないようにしておいた。
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