06話.[凄く眠たくてさ]
「励先輩はずるいです、普通にしているだけで亮太朗先輩に優先してもらえるんですから」
「今度は青かよ……」
「俺を優先してください」
こういう発言をできるということは遠慮しているというわけじゃないんだろう。
というか、これで遠慮しているんなら本気を出したときが怖そうだからもうそういうことで終わらせておくのが一番だ。
「どうすれば満足してくれるんだ?」
「冬休みは夜以外、全部一緒にいてほしいです」
「夜までと言われていたら反対していたところだけど、それなら全く問題なくできそうだからいいぞ」
無茶な要求というわけじゃなくてよかった、それで後輩のがっかりとしたような顔を見なくて済むのなら楽でいい。
そういう強制力みたいなのが働いたらきっと青が望むものとは変わってくるはずだから、まあ、言い訳みたいなものかもしれないが。
「腕、いいですか?」
「その言い方だと折られそうな感じがするから別の言い方をしてくれ」
俺の腕なんか掴んだって楽しいわけじゃないのによくやるよ。
なにかを取りに行った際にも必ずこうして付いてくるから鬱陶しさより面白さというのがあるんだが、多分甘えられている……からなんだろうな。
「青、俺でいいのか? 少し移動すれば励のところにだって行けるんだぞ?」
「自分がいたいからこそいまここにいさせてもらっているんです」
「……それだけじゃなくてさ」
「え? それ以外になにかありますか?」
そういうつもりで興味があるとかそういうことじゃないのかよ!
ただ単純に他を優先されていることがむかつくとかなら勝手に変なことを考えてツッコんでいる人間ということになってしまうだろうが!
だが、数秒が経過しても「なに言っているのか分からない」的な顔をしているだけだったから消えたくなった。
……あれか、やっぱり最近になってやっと信用できたから素というやつを少しずつ出していっているというだけのことか。
「忘れてくれ、さっきの俺はおかしかっただけだ」
「……忘れないままでもいいですか?」
「は? なるほど、青は意地が悪いということだな?」
「だって亮太朗先輩から少しでもそういう話が出たんですよ? こんなのなかったことにしたらもったいないじゃないですか」
「おいおい、ちゃんと分かっていたってことかよ……」
そうしたら彼は笑いながら「当たり前じゃないですか」なんて言ってくれたが、わざと気づかなかったふりをするところは励と比べて質が悪かった。
そんなことをしても意味がないのに、仮に俺がそのままなかったことにしたらどうしていたのかと聞きたくなる、が、いま聞いてもなんでも笑顔で返されそうだったからやめておいた。
「な、なんか怖いから離れてくれ」
「いえ、それならもっと近づきます」
「そ、そういえば励と約束をしていたんだよなー」
「どうぞ、どこにでも付いていくので気にしないでください」
こ、怖え、俺はもしかしたらやばい人間と仲を深めてしまったのかもしれない。
いまふたりきりでいると本当に自然といられなかったから励を召喚することに、ちなみにこれには「本当に呼ぶなんて酷い人ですね」なんて言ってくれたが。
「励参上! 僕が来たからには安心していいよ、怖い後輩ちゃんから亮太朗を守るからね」
「いや、普通にいてくれればいい」
「あ、はい。それより青ちゃん、最近の君はちょっと露骨だね。なんか僕に亮太朗と話してほしくないみたい」
「正直に言えば嫌です、でも、禁止なんて言えるわけがないですからね」
「そういうことも全部言うんだ、この前亮太朗が言っていた遠慮していたというのは本当みたいだね」
……こうなった原因を作ったのは自分だ、俺が直接遠慮するなと言ったんだからこうなることは確定していたようなものだ。
まあでも青が悪いわけじゃないよな、信じて出してみたら微妙な反応をされるなんてことになったら嫌だろう。
だったら言うなという話になる、だからこれは自然なことだと考えておこう。
「よし、それなら今日も課題をやるか」
「うぇっ、あ、ま、まだいいかな~」
「青は?」
「俺も持ってきていないので無理そうです」
なんだそうか、どうせ集まったならとやろうとしたのに残念だ。
はぁ、仕方がないから床にでも寝転んでおこう。
「俺らといるときにすぐに転ぶのやめてください、つまらないんじゃないかって不安になるじゃないですか」
「励、ちょっと青の相手を頼む――」
「僕も転ぶから無理かなー、あー、部屋が暖かいだけで幸せだよー」
こうなったら勝手にこっちが悪いことになって拗ねられるのが容易に想像できる、せめてそのときがくるまで目を閉じて現実逃避をしておくことにした。
流石に可愛げのある後輩であれば寝ているときにしたりはしないだろう、もししてきたらその腕を掴んで仕返しをしてやろうと決めた。
俺はこんな感じで大人気ない人間なんだ、こういうことを出していくことで相手の反応を見極めるという狙いもあった。
「俺はこういう人間なんだ、これまで一緒に過ごしてきたんだから青も分かっているはずだろ?」
「寝なくて済むように夜はちゃんと寝てください、冬休みだからって夜ふかしとかしていませんよね?」
「してないよ、所詮十二時ぐらいまでが限界なのに頑張ったところで意味がないし」
何回も言うがそれで翌日昼まで寝てしまうぐらいなら早寝早起きをして自由に活動をした方がよかった。
そもそも無理して起きてまでしたいことというのがない、ゲームとかがあったら起きる日もあったかもしれない程度だろうか。
「起きてください」
「分かった分かった」
というわけで隣でひとりすやすやしている励も起こしておいた。
「なんで起こすんだよー」とか言ってくれた彼にここに怖い存在がいるからだよと言っておいた。
「ははは、なんだその重装甲みたいな感じは」
「風邪を引いたら嫌なのでこうしました」
五枚着ているとか聞いて俺が同じことをしたら母に滅茶苦茶怒られるんだろうなという感想を抱いた、三枚とかでも「多すぎなんだよこら」とか言ってくる人だから嘘は言っていない。
ちなみに今回励はいなかった、残念ながら今回ばかりは友達からの誘いを断れなかったようだ。
ま、クリスマスのときに「大晦日なら付き合うから!」なんて言った励が悪い、適当に対応していると本当にしたいことをできなくなると教えられている気がする。
「寒いから早く行くぞ、若いんだからさっさと動け」
「無理しなくてもよかったんだぞ?」
「お前達は未成年だ、未成年だけで行くのは駄目だ」
親がいるなら今年最後の夜に、新年早々にトラブルに巻き込まれるということもなくなるからいいか。
喋り方だけで実際には強くない人だからちゃんと見ておかなければならないが。
「今年もありがとうございました」
「ん? いや、亮太の方が世話になっているからな」
「そうだぞ、寧ろ今年も母さんが悪かった――痛いって!」
「余計なことを言わなくていい」
不満を感じたとしても叩くのはやりすぎだ、それこそ未成年の前でしてはならないことをしていると分かっているのか?
これ以上は面倒くさいことになるからやめておくが、中には親にでも殴りかかる人間だっているんだから気をつけた方がいい。
お前は違うだろと言われればそうだとしか答えられないから意味もない考えの可能性もあるがな。
「今年も終わりか、私も来年になったら四十五歳か」
「まあでも、生きられているってことだからな、悪いことじゃないだろ?」
「そうだな、まだまだ手のかかる息子をちゃんと育てていかないといけないからな」
「問題ばかり起こしている人間みたいに聞こえるからやめてくれよ」
なんにも手伝いをせずに自由にだらだらしているというだけじゃない、まだまだ足りないってことならちゃんと言ってくれればやるよ。
こっちが勝手に考えて、察して行動することを期待しているならやめた方がいいとしか言えない、ちゃんと言っておけばその通りに動かない俺を見てイライラする必要もなくなるんだからそうした方がいい。
「初めて話したときは青はまだ中学三年生だったのにな、それがもうすぐ高校二年生になるというところまできているんだから早い話だな」
「なんだよさっきから、感傷的になっているのか?」
「まあ、今年も終わるというところまできているからだろ」
全く母らしくない、というのはただの押しつけみたいなものだろうか?
正しいか正しくないかはともかくとして、とりあえず普段通りに戻ってもらうことにした。
あのままじゃ青だってどうしていいのか分からなくて困るだろうからだ。
「青は亮太が好きなのか? ここのところずっと一緒にいるみたいだけど」
そうしたら今度は急にそんなことを聞き始めてなんだかなあとため息をついた、まあ、一番あれだったのは「好きですよ」と真っ直ぐに返した青だが。
「そうか、好きなら仕方がないな、昔と違って亮太も励をすぐに呼ばないのはきっとお前がいてくれているからだろうな」
自分が受験生のときは特にそうだった、部活も終わって勉強にもなんか集中できなくて励ばかりを家に呼んでいた。
もちろん遊ぶ場所は家だけじゃなくてゲームセンターとかそういうところに多く行ったこともある。
間違いなく言えるのはそのときはとても楽しかったということだ、そうでもなければ何度も誘わないし、励だって受け入れてはくれないだろう。
じゃあ青に対してはどうなのかって考えると、一緒にいて嫌になることはないとすぐに出てきた。
最近の露骨なそれを除けば楽しいと言えるし、俺から誘おうと考えたことは多いから相性は悪くないということになる。
ただ、本格的に求められたら俺はそれを受け入れられるんだろうか?
「あ、もうすぐ変わるな」
「そうですね」
実際にそのときになってから悩むことにしよう。
それからすぐに新しい年になって挨拶をした。
母と友達と自分という三人で集まっていることが今更になって面白く感じた。
「悪い青、ちょっと近くにいてくれないか?」
「別に今更言ってくれなくてもちゃんといますよ?」
いま正に物を片付けて一緒に帰ろうとしていたところだった、だからそう言われなくても勝手に俺は一緒にいるつもりでいた。
「ちょっとどころか凄く眠たくてさ、その間いてほしいんだ」
「分かりました、完全下校時刻まで寝てもいいぐらいですよ」
「それまでには起きる、もし起きそうになかったら遠慮なく叩き起こしてくれればいいからな」
今回は本当にすぐに静かな寝息を立て始めてついつい笑ってしまった。
今日はすぐに励先輩が現れないからもう帰ってしまったのかもしれない。
こっちのことを考えてしてくれた……わけではないだろうから、うん、そういうことにしておいた。
「今日はどうしちゃったんですか」
昼休みならともかく放課後になってもすぐに帰ろうとしないほどの眠たさってどうなっているんだろうか。
あれで夜ふかしをすることの良さを知って夜ふかしを連日するようになってしまったとか? もしそうならやめた方がいいと今回も言わせてもらうつもりだ。
まあでもこれは勝手な想像でしかないから結局起きたときにちゃんと聞いてみないとどうしようもないことだった。
「あれ、まだ残っていたんだ」
「先輩に頼まれたからこうしているんだ」
「あ、いつも一緒にいる杉先輩だよね? なんか身長が大きいから寝るのも大変そうだね」
「でも、今日は全くそんなの気にならないみたいだ」
よく聞いてくるからよく話してしまっていた。
自分ことが実は知られているということが分かったら亮太朗先輩はどういうリアクションをするだろうかとまで考えて、このことはずっと知らないままでいいと終わらせておいた。
仲良くしてほしくないとかそういうのもあるが、多分、そんなことを言っても困らせてしまうからだ。
「よいしょっと、ふぅ、なんか今日はすぐに帰りたくない気分でね」
「残ってもやることがない気が……」
「そうなんだよ、だからお散歩していたんだけどすぐに校舎内を見終わっちゃったんだよね……」
学校の総面積がそもそも広くないからそんなものだと思う。
そういう気分でも帰らなければいけないことには変わらないから帰った方がいいと言おうとしてやめた、そうやって追い出そうとすると人間は逆に残ろうとするから。
それなりに相手をして自然と帰ってくれるまで待てばいい、って、別にこの子のことが嫌いとかそういうことではないから残ってくれればいいんだけど……。
「杉先輩と話してみたかったけどこうして側で話していたら起こしちゃうだろうから私は帰るね、ちょっとだったけど相手をしてくれてありがとう」
「気にしなくいいよ」
「それじゃあねー」
本とかを持ってきているわけではないからどうやって時間経過を待とうかと考えたときのことだった、急に腕を掴まれて冗談抜きで席から落ちそうになったのは。
「ふぁぁ~、敬語じゃない青は新鮮だな」
「ど、同級生には流石にため口ですよ」
いつも俺に腕を掴まれているときの先輩もこのような気持ちを味わっていたのだろうか……。
「あの子には申し訳ないことをしたな、あの子だって青といたかっただろうに」
「いつも話を聞いてくれる優しい子なんです」
「いまの少しだけだけどそれは分かるよ」
大事な情報以外は話す人間だから聞いてくれる相手がいればどうしても止まらなくなってしまう。
あの子からすれば先輩も励先輩も興味がないことでしかないのに「そうなんだ」とか「おお」とかリアクションをしながら聞いてくれるから俺は気をつけようと考えても結局いつも通りになってしまうのだ。
「頼んでおいてあれだけど帰るか、そもそも後輩を無理やり付き合わせるとか悪いことだから」
「普段は俺が付き合ってもらっているんですからいいじゃないですか」
「まあいまこのことで言い争う元気はないから歩こう、下手すると途中で瞼と瞼がくっついてしまうかもしれないけどな」
そうしたら最近ずっとしているみたいに腕を掴んでおけばいい。
腕を掴まれていたら意識がこっちに向くことだってあるだろうし、寝ながら歩いて危ない目に、なんてことはなくなるだろう。
それにしてもこれ、拒んできたことはないけどなんでそうしないのだろうか。
「やっぱり眠いわ」
「あ、危ないですよっ」
「ちょっとあそこで休んでいこうぜ、あの子風に言うなら帰る気がなくなったというやつだ」
眠たいなら早く帰って寝ればいいのに、今日は家にお邪魔させてもらわないようにと決めていたのに先輩がこれだと困る。
今日も俺が来そうだったからということならここに誘うのはおかしいからやっぱりまだ凄く眠たいということなの……か?
「枕として借りるぞ」
ほ、本当にどういうつもりなんだこの人は! というか、こういうことをするなら尚更家とかではないと先輩の方が困るというのになにをしているのかという話だ!
が、先程と同じですぐに寝息を立て始めてしまったということになる。
こうなったら動けないからどうか誰も来ませんようにと願うことしかできない。
変な噂が流れたりすると面倒くさいから裏でこそこそやりたいのだ、できれば励先輩にすら気づかれないぐらいには裏で上手くやりたい。
「……無理やり付き合わせるのは悪いことだとか言っておいてこれだからあれだけどさ、今回のは青も悪いんだぞ?」
「え、なんで急に俺のせいなんですか……」
「……あんな顔で腕なんか掴んでくるからだろ」
ど、どんな顔なのか録画していたわけでもないから分からない。
自分の顔が鏡などを使用しなければ見えないというのはなんでだろうか、なんていま考えているわけにもいかない。
だってつまり、自分の効果でここに寄り道していくことを選んだってことだから。
「はぁ、今度こそ帰ろう」
「わ、分かりました」
別れるところまで歩くだけでもそわそわしていた。
違う意味ではぁとため息をつきたいのはこちらだった。
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