04話.[食べてください]
「おお、こんな感じなのか」
簡単に言ってしまえば奇麗すぎて疲れる、というものだった。
あと、カメラがぐわんぐわんと動くから酔いそうになる、普段からやっていないと慣れることじゃない。
「も、もういいわ、俺には激しくて無理だ……」
「アクションじゃないゲームもありますよ?」
「俺は見ているだけでいい、そもそも持ち主が我慢しているなんておかしいだろ」
俺が自分で買ったとしたらその翌日に誰かにやらせるなんてことはできない、お前が自分勝手なだけだろとか言われたらどうしようもないが。
それより岩本だ、俺が一つとはいえ年上だからずっとこうなのか?
「岩本、変な遠慮するなよ」
「遠慮なんてしていませんけど……」
「励に対してはきっかけを作ってくれた人間だから仕方がないかもしれないけど、俺にはもう少しぐらい自分を出してもいいだろ」
多少生意気になったってこっちとしては構わなかった、生意気でもいまみたいに来てくれるのであればそれはそれで可愛い後輩ということになるからだ。
でも、いまのままだと一緒にいても後輩と先輩ということで遠慮して我慢し続ける生活になることは確定してしまっている。
「全部ではなくても自分らしく行動しているつもりなんですけど……」
「そうなのか?」
「はい、そもそも遠慮しているなら今日誘ったりしませんよ」
「じゃあ俺の勘違い……か?」
「心配してくれるのは嬉しいですけど、えっと、そういうことになりますね」
余計なことを言うな考えるなは自分が守らなければならないことだったか。
あのとき気づいてやめたのに少し破ったらすぐ元に戻ってしまったことになる。
寝転ぶことの許可を貰ってから床に転んで、なんか見られたくなかったから腕で両目を隠した。
「俺は嬉しいですよ、だってこっちのことをよく考えてくれているじゃないですか」
「そうか」
それでもなんか心地よかったから寝転ぶことはやめないでいた。
今朝、ほとんど強制的に起こされたからかもしれない。
いや違う、今度は気を使われる先輩なんて……と微妙な気持ちになったんだ。
普段悪く考えない分、考えるとこういう風になりやすいのが俺だった。
「腹減った」
「あ、なにか作りましょうか?」
「い、いや、そういうわけにもいかないだろ……」
腹減ったから帰ろうとしていただけだ、別にそういうことがしてほしくて口にしたわけじゃない。
「食材のことなら大丈夫ですよ」
「そ、そうか?」
「はい、いまから作ってくるのでちょっと待っていてください」
部屋にひとり残されて体操座りになる。
こんなのじゃ駄目だ、そりゃ励との差が出て当然だ、だからいつまでも名前で呼んでくれないんだ。
しかも今日のこれだってゲーム好きなのにゲーム機がなくてプレイできない俺のためだもんなあ、いやもう本当に岩本の前から物理的に消えた方がいいんじゃないかとすら出てきてしまった、まあ、そんなことできないが。
「お待たせしました」
「悪いな」
「気にしないでください、俺はこれからお世話になりますからね」
「クリスマスか」
「はい、あ、食べてください」
美味しい、が、家事スキルまで所持しているなんてと驚いていた。
なに一つとして彼に勝っているところがない、これから努力をしても勝てる気もしないという悲しさがそこにある。
「美味しいよ」
「それならよかったです」
食べ終えたらまたダメージを受けたから転ばせてもらった。
俺の部屋だって同じような感じなのになにかが違うとまで考えて、今更ながらに暖かいことに気づいた。
「床暖房だよな?」
「はい、遠慮なく使っていいと言われているので――あ、ほら、この時点で遠慮していないことが分かりますよね?」
「もうそのことは分かったよ、それにしてもここは快適すぎる……」
寝転んでいてもご飯が出てきて、食べ終えて寝転んでも文句を言われない場所――かどうかはともかくとして、いいところなのは確かだった。
「励先輩の家にはあんまり行かないんですか?」
「ああ、だって自然と俺の家に来るからな」
「ははは、確かにそうでしたね」
「だからなんか新鮮だ」
このために行かせてくれなんて言えないからいまの内に味わっておこうとする意地汚い自分がいる。
俺が可愛い女子なら積極的に仲良くなるために動いてもいいが、残念ながら俺は野郎だからそんなことはない。
「あ、だからか」
「え?」
「あ、こっちの話だよ」
励のことを気に入っている理由はそこだ、たまに変なことをしたり言ったりするところを見ないようにすれば可愛い系ってやつなんだ。
だから岩本は積極的に励といようとするんだ、でも、他を優先されていたらどうしようもないからそういうときはこっちに来てくれているということになる。
時間つぶしのためでもなんでもいい、俺のところにもちゃんといまでも来てくれているということが普通に嬉しかった。
「あの、寝ないでください」
「おう、もう一回それに挑戦していいか?」
「どうぞ」
本人が許可してくれているんだから気にせずに楽しもう。
と言うより、酔って速攻でやめるという結果がださいからちゃんとできるというところを見せたかった。
「岩本君、二年生の先輩が廊下に来てくれって言ってたよ」
「分かった、教えてくれてありがとう」
励先輩か杉先輩か、まあ、それ以外だったら困ってしまうからそのふたりがいい。
待たせるのは違うから廊下に出てみると来てくれていたのは励先輩だった。
「どうしたんですか? わざわざ来てくれなくても次は俺の方から行こうとしたんですけど」
「亮太朗が相手をしてくれないから来ただけだよ」
「また寝ているんですか?」
「そう! 話しかけても『眠たい』と言うだけだから諦めてきたんだ」
それでも話しかければ相手をしてくれる人なのに珍しい気がした。
励先輩が無理なら俺が話しかけてももっと無理だろうから確認のために移動することもしなかった。
「やっぱり亮太朗より青ちゃんだね、ちゃんと付き合ってくれるから好きだよ」
「杉先輩だってそうですよ」
「全然違うよ、だって青ちゃんは口うるさく言ってきたりしないんだから」
ここでこの話は終わりにしておいた、ずっと杉先輩と過ごしてきたらしい励先輩にしてはおかしな発言だからだ。
そういう冗談を言いつつも仲良くいられていることが羨ましい、あ、そういう冗談はなるべく言わない方がいいかもしれないけど。
「……そんな顔しないでよ、僕だって本気でこんなことを思っているわけじゃないんだから」
「え、どんな顔をしていました?」
あ、羨ましいと考えたときにそれが思い切り出てしまったのだろうか? もしそうなら少し恥ずかしい。
多分、この前も顔に出したりしたから杉先輩が「遠慮するなよ」とか言ってきたと思うし、直さなければいけないことがどんどん増えていく。
「凄く嫌そうな顔だったよ、そりゃ青ちゃんにとってだって亮太朗は友達なんだから悪く言われたら嫌だよね」
「あ、俺はずっと一緒に過ごしてきたのにどうしてたまにこうして言ってしまうんだろうと考えただけです」
「ほ、ほとんど同じだよね……」
励先輩は壁に背を預けると「ちょっと亮太朗にむかついててね」と言った。
励先輩が他の友達を優先しているとき以外は一緒に行動しているのにどうしてそうなるんだろうか? この前引き止めなかったからだろうか?
「……だって明らかに青ちゃんを優先しているからさ」
「仕方がなく俺といてくれているだけですよ」
「それはない! 仕方がなくなんかでいようとする子じゃないよ」
あ……、つまりこういうところから判断してああ言ったんだろうか?
でも、自分だからいてくれているなんていう風には言えない。
自信があるとかないとか関係なく、そうやって考えて行動できる人が実際にいるなら見てみたいぐらいだった。
「なんてね、僕が他を優先しているからだよね」
「そうですよ、そうしなければ絶対に杉先輩は来てくれます」
……そのうえで来てくれるなら俺だってもう少しぐらいは自信を持って行動できるからいい。
というか、最近が寧ろおかしかった、去年はもっと杉先輩やこっちを優先してくれていたから尚更そう感じる。
積極的に離れようとしているようにも見える、……これはもしかしたら構ってほしくてしている可能性も……。
「あの、杉先輩がこっちを優先するから複雑なんですか?」
「……友達なんだからそんなの普通だよ」
「そうですよね」
駄目だ、それならもっと杉先輩を優先すればいいのに、としか言えない。
生意気とか思われたくないから内から出すことはしなかったが、やっぱりこういうときは止めてくれる先輩の存在が必要なんだと分かった。
とはいえ、いまから行ってももう時間がないからできないことになる。
「あ、また後で行くから」
「俺から行くので大丈夫です」
その方が自然に確認できる、それに昼休みだったら相手をしてくれると思いたい。
気になることはあっても授業にはしっかりと集中して、忘れずにお弁当を持ってあの教室に向かった。
「お、丁度よかった、今日はまだ岩本の顔を見ていなかったから見られてよかった」
「あれ、違うところで食べるんですか?」
そのことと後ろにぴったり張り付いている励先輩のことが気になる。
先輩はあくまでいつも通りだからその差というやつに笑いそうになってしまったのを頑張って抑えた。
「励が付き合え付き合えってうるさいからせめて静かな場所に移動しようと思ったんだよ、岩本も大丈夫なら付き合ってくれ」
「はい」
やっぱり相手をしてくれないということはないよ、となると、励先輩の誘い方が悪かったということなのかもしれない。
「ほらよ、励が好きな母さんが作ってくれた卵焼きだぞ」
「食べる……」
あ、駄目だ、このまま見ているとなにもかもをぶつけて終わってしまう、だからいつもの先輩みたいにトイレと言って抜け出ることにした。
……ああやって自由に行動しても呆れられずに対応してもらえるということがずるいと感じた。
「……長さが違うんだから仕方がないだろ」
と自分で言ってもずっと内がごちゃごちゃしているままだった。
「よう」
「あ、励先輩は……?」
「友達と帰った、やっぱり俺と違って多いからな」
あのまま戻ってこなかったからトイレ長すぎだろとかツッコんでやろうと考えていたが、なんか怒られそうだったから言えなかった。
励が相手なら迷いなく言っているところだからやっぱり一緒に過ごした時間の長さで自然に変わってしまうんだなと分かった。
でも、俺はどうにかしてその差というやつをなくしたい、そこをなんとかすれば岩本だって多少は遠慮しないで来てくれると思うからだ。
「飲み物奢るから付き合ってくれ、今日は全く岩本と話せなかったからさ」
「飲み物なんてなくても付き合いますよ」
「ありがとな」
母も会いたいだろうからといつもみたいに家に連れて行こうとしてやめた。
温かい飲み物を飲んでいればそこまでヒエヒエになることもないだろうし、なんか今日はそういう気分じゃなかった。
「はい」
「あ、ありがとうございます」
が、飲み物はすぐに冷たくなり、話していても体を動かしていないからどんどんこちらも冷たくなっていくだけだった。
油断していると風邪を引きそうな感じがする、あと、この前の快適な空間を思い出してしまって駄目なんだ。
「悪い、やっぱり俺の家に来てくれないか?」
「はは、今日はどうしてここで過ごそうとしたんですか?」
「……母さんのことを出したら岩本としては行くしかなくなっただろうからな」
何度も出して申し訳ないが、どうしても俺はそのように考えてしまうんだ。
そうじゃないことが分かるまではきっとずっと変わらない。
ちなみに彼は「由舞さんのことも好きですから誘ってくれれば行きますけど」と多分分かっていないようなことを言ってきた。
「む、無理していないか?」
「杉先輩こそ無理していませんか?」
「神に誓ってしていないぞ」
「俺もそうです、だからどんどん誘ってください」
と、とにかく家に移動してしまうことにした。
ここは彼の家や部屋みたいに暖かいわけではないがそれでも外よりはマシだ、ご飯作りをしなければいけなかったのもあるからここに移動できたことは嬉しかった。
「ただいま」
「あ、おかえりなさい」
「ん……? 私の息子はいつの間にか青になっていたみたいだ」
そこで嬉しそうな顔をされるのは複雑だが、まあ、冗談を本気にしてしまうのは情けないからこっちもおかえりとだけ言っておいた。
「由舞さんも帰ってきたのでそろそろ帰ります」
「なんだよそれ、どうせならもう少し残っていけよ」
当然そんなことを言われたら母は止める、俺と関わるようになってからは母と過ごした時間も多いんだからどうなるのかなんて分かっているはずなのにこれだ。
「邪魔したくなかったからですけど……」
「余計なことを考えるな、嫌なら……仕方がないけど」
「嫌じゃないですよ」
「それならいてくれればいい、大丈夫だ、ちゃんと亮太に送らせるからな」
幸いなのは女子ではなく男子ということだろう、女子が相手のときに同じようにされたら本当に困るから男子でよかった。
母的には自分がいたいからだけじゃなく、俺が彼と仲良くなれるようにと行動していると思う。
「簡単に言ってしまえば自分が帰ってきた瞬間に帰られそうになったのがむかつくだけだけどな」
「ははは、なんか由舞さんらしいですね」
この全部言っていくスタイルはどうなんだろうか? 変に隠そうとされるよりも相手としては楽なんだろうか?
「私らしいって青はあんまり知らないだろ?」
「杉先輩や励先輩に比べたら知りませんけど、それでももう何十回とこうしてお話しさせてもらっていますからね」
「……なんか複雑だ」
複雑らしいからご飯を食べさせておくことにした。
そもそも単純に腹が減っているだろうからさっさと食べてしまった方がいい。
その後にすぐ風呂にでも入ってしまえば疲れだって全てとはいかなくても吹き飛んでくれることだろう。
「そういえば最近は励がいないことも増えたな」
「忙しいからな」
「なんか面白くないから今度は絶対に連れてこい」
「参加できるようだったらな」
特になにかをしてくるわけではないがちゃんと声をかけてから外に出た。
年内でこの感じなんだから年が変わったらもっと寒くなるということだ。
寒い季節は早く終わってほしい、だけどそうしたら今度はすぐに暑くなるからなんとも言えないところだった。
「励先輩は忙しそうですから俺はいまのままでもいいですけどね」
「そう思っていても母さんの前では言わない方がいいぞ、ふたりの前では俺のときと同じようになってもおかしくないからな」
「ははは、それならそれで面白そうですね」
いや、なんにも面白くないだろ……。
母――年上の女性に叱られて興奮できるタイプということならそうなんだなと終わらせておくが。
「俺、同じように相手をしてほしいんです、杉先輩にだって求めているんですよ?」
「母さんのときと同じようにって?」
「それもありますけど、励先輩の相手をしているときみたいに俺にも……」
「こっちも一応そうやって動いているつもりだ、でも、こういうのはどうしても時間が必要になるからな」
すぐに分かりやすく変わってくれたりしないことだから難しい。
だが、だからいまのこのふたりだけの時間が多いというのはいいことだった。
こちらだけではなく相手である彼の方から来てくれているというのが大きい。
「励と過ごせないからって見えるかもしれないが勘違いしないでくれよ?」
「無理しなくていいですよ」
「違う、俺は仕方がなく岩本といたりはしていないってことだ」
「え、もしかして励先輩から聞いたんですか……?」
「いや……」
実際は盗み聞きをしていただけなんて言えなかったから濁しておいた。
彼は「杉先輩?」と不安そうな顔をしていたから気にするなと言っておいた。
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