02話.[続けてください]
「岩本? そんなところでなにしているんだ?」
見つけた俺も俺だが、こんな物好きでもなければ絶対に来ない場所でなにをしていたのかが気になる。
「座っていたら鳥が近づいてきてくれたんです、それでゆっくりしていたら想像以上にゆっくりしすぎて励先輩達のところに行けませんでした――じゃなくて、なにをしているんだはこっちが言いたいことですよ、いつもなら杉先輩は寝ているところじゃないですか」
毎日毎日食後に寝るというわけじゃない、彼が来たときは寝ているから信じられないだろうが励と話しているときも多いぐらいだ。
それに眠たくてそうしているわけではないからすぐに反応することができる、だからこそこれまでトラブルにもならずに過ごせてこられた――って、話が逸れたか。
「今日は可愛い後輩って奴が来てくれなかったからな、なんとなく散歩ついでに探していたんだよ」
「あ、じゃあ俺のせいってことですか」
「そんなこと言うつもりはないよ、参加しようがしまいが岩本の自由だ」
勝手に隣に座って鳥というやつを探してみたものの、残念ながらそんな可愛げのある鳥というやつはもういなかった。
「でも、急に来なくなると心配になる、なにかがあったなら言ってくれ」
「や、今日は外で過ごしたくなっただけでそれ以外はなにもないんです」
「そうか、急にそうしたくなったというだけならよかったよ」
こうなってくると俺の存在は邪魔になるだろうからと去ろうとした、が、急に腕を掴まれて俺はあのときの励の気持ちが分かった。
やっぱり引っ張るのは駄目だな、ちゃんと声をかければこの距離なら問題なく相手だって反応できるんだからそうするべきだ。
「よいしょっと、ここは静かでいいかもしれないな」
校舎内はともかく学校敷地内を散歩はこれまでしたことがなかったから悪くない行為だと知ることができた。
ただ、小学校のそれとは違って寂れた畑とか花壇があるわけではないから物寂しい場所ではあるかもしれない。
んー、もしまたここに集まるとしたら大事な情報を話すときだろうか? いや、俺達なら家とかそういうところで済ますかと終わらせる。
「杉先輩は嫌なことがあったときどう発散させます?」
「俺は……そうだな、そういうときは励と話すかな。あの滅茶苦茶さはそういうときに本当に助かるんだ、直してほしいとか普段は考えているくせに勝手だけどさ」
「俺は仮にそうさせてもらっても上手く発散できる気がしません、本当は弱い自分が嫌になっていたんですよね」
嫌になっても付き合っていくしかないんだよなあ、俺みたいに変えようとしないならずっとその問題がつきまとうことになる。
それがどうしても嫌だということなら変えようと努力をするしかないが、彼はどういう選択をするんだろうか。
「学校にいるときと外にいるときの自分に差がありすぎたら気持ちが悪いじゃないですか、だから俺はその差を埋めようと意識して行動しようとしていたんですけど」
「上手くいかなかったのか」
「はい」
「こんなこと言われてもあれだろうけど、俺はそんなの仕方がないと思うぞ。だって学校は話したことがない人間の方が多いんだからさ」
外にいるときに一緒にいるのは励とか俺だろうし、仮にひとりであれば家とかそういう慣れた場所にいるだろうから尚更そうだと言える。
いまの彼は無理して同じように過ごせるようにと意識しすぎてしまっているから逆効果になっている気がした。
「その差に疲れるんですよね、それなら学校でも同じようにやれればっていつも考えているんです」
「そうか、岩本がどうしてもしたいということなら俺はもうなにも言わないぞ」
聞かれたのは先程の一回だけだ、彼は「やめた方がいいですかね?」とか聞いてきているわけじゃないから余計なことは言わなくていい。
そうか、じゃあ励にだってそうしないといけないよな、励にだけそういう風に考え続けるというのはおかしいから。
「あ、それより昨日はありがとな、母さんのわがままに付き合ってくれてさ」
「元々この前会ったときにそういう話をしていたんです」
「ははは、それでもだよ、岩本はいい奴だ」
さてと、履き替える必要があるからそろそろ戻るか。
今回はこっちが腕を掴んで連れて行くことにした。
多分、あんな寂しいところでごちゃごちゃ考えるよりは教室とかで考えた方がいい結果が出そうな感じがするからだ。
「こういうの女の子にしてあげたらいいと思いますよ」
「残念ながらそういう女子はいないんだ」
共学でクラスメイトの中には女子だっているのにこんな感じだった。
でも、無理して異性といるよりは仲のいい同性といられた方がいいと考えているから悲しくなったこととかはない。
「それに男子の腕なら触れたところでセクハラとか言われないからな」
「もし俺が言ったら?」
「そうしたら離すよ、それからバビュンと岩本の前から逃げる」
「はははっ、なんですかその顔っ」
お、いま考えたばかりの作戦でも上手くいったみたいだ。
押し付けみたいになってしまうから口にしたりはしないが、いつもみたいに明るい彼のままでいてほしかった。
「え、告白された?」
「う、うん」
励にしては珍しく慌てているようだった、不安な状態にも見える。
それにしてもこうやって報告されても俺にはなにもできないな。
結局これは本人がどうこうしなければならないことだし、告白した相手だって真剣にしているわけだからなんにも知らない奴にごちゃごちゃにはされたくないだろう。
「励先輩はどうするんですか?」
「そ、そんなの分からないよ……」
酷いかもしれないがなんかこういう励を見られてよかった、そして、こういう彼を見られる理由を作ってくれた相手の女子には礼を言いたいぐらいだった。
つか、彼でもこういう反応になるんだな。
じゃあ俺がされたらどうなるんだ? ……俺のことだからマジかと何度も呟いていそうだった。
「どんな女子だったんだ?」
「一言で言ってしまえば可愛い子だった!」
「ははは、そうか」
困っている人間を助けたり積極的に他者と過ごそうとする彼であれば、まあ、その魅力に惹かれた人間というのもそりゃ現れるよな。
毎日必ず同じ内容というわけじゃないからこういうことにもなる。
これは悪いことではないから気分が悪くなったりはしないだろうが、難しい問題でもあるからどうなのか少し気になるところではあった。
「でも、相手が可愛くても知らないなら付き合えはしないですよね」
「なんにも分からないというわけじゃないけど、うん、似たようなものだね」
「断るなら早めの方がいいと思います、ダメージの量も変わると思いますから」
「そうだね、受け入れる気がないなら断った方がいい――ん? 亮太朗?」
「岩本に言われたからじゃなくて励が考えて出してやってくれよ、受け入れるにしても断るにしてもその方が勇気を出した相手としてもいいだろ」
これは余計なことじゃない、普通のことだから言わせてもらっただけだ。
自分だから自分基準でしか話せないが、誰かに言われたから断られたということが分かったらどうにかなりそうだったから。
比較的マイナス思考をする人間ではないものの、どんなことをされてもノーダメージというわけではないからこんなものだった。
「……尿意を思い出したからトイレに行ってくる、帰るなら先に帰ってくれればいいからさ」
言い逃げが一番ださい、言ってから不安になるとか情けなさすぎる。
こうなったら個室を占領してやろう、で、一時間ぐらいが経過したら帰ることにしようと決める。
「逃げなくてもいいじゃないですか、いいことを言っていましたよね?」
「そ、そうか、岩本がそう言ってくれるならそうかもな」
トイレからは出て空き教室で休んでいくことにした。
あっという間に暗くなるのと、家事をしなければならないからそこまでのんびりはできないがたまにはこう過ごすのも悪くない。
「告白って単語を聞くと冬って感じがするよな」
「え、それって単純にいまが冬……だからでは?」
「ああ、その通りだ。いやあのさ、まさか励が告白されるなんて思わなくてさ」
これまでずっと関わってきたがこんな話は初めてだった。
今回の慌てようを見ると裏ではされていたのに隠していた、なんてこともないだろうし、なんかそういうのもあって自分のことのように驚いてしまっているんだ。
「励先輩なら優しく明るいですから告白だってされますよ」
「だな」
何回もされていたなら俺だって慌てなくて済んだ、いつものように言い終えた後も堂々と存在していられた。
勝手にこんなことを言うのはあれだが、これは励も悪い気がする。
「正直、断ると言ってくれて俺は嬉しかったんです、だって付き合ってしまったらこっちに来てくれる回数だって減るじゃないですか」
「そうか」
まあ、こっちが告白した人間の気持ちを考えたところで意味はないか。
俺としても励とは一緒にいられた方がいい、どっちが大切かと言えば当然励になるから同じようなものなのかもしれない。
「あ、いたっ、なんで僕を置いていくのっ」
「帰るか、これ以上残ってても寒くなるだけだから」
「帰ろ! あ、今日も亮太朗のお家に行くけどね」
自分のために変わらないことを望むのもやっぱり駄目だよなあ。
ただ、岩本みたいに直接口にしているわけじゃないからと正当化しようとしている自分がいる。
「やっぱり励先輩は俺達といた方がいいですよ」
「え? それは友達だからいるけど」
「俺らにとっては大事な存在なんです、なのでこれからも続けてください」
「わ、分かった」
家に着いたら制服からすぐに着替えてご飯作りを始めた。
これからはなんとなく買い物とかにも行こうという考えになっていた。
意外と影響されやすい人間だから少し微妙かもしれないが、まあ、これは家族のためにもなるんだから微妙なことだけというわけではないだろう。
「亮太朗、なんか青ちゃんの様子がおかしいんだけど」
「たまには甘えたいときというのがあるんだろ」
「あ、そっか、僕もそうだからなんとなく分かったかもしれない」
なにで嫌になったのか分からないのと、それをぺらぺら話すわけにもいかないからそうとしか言えなかった。
「疲れた……」
だらだらするとかなり時間がかかるからと朝に始めたのにもう夕方になってしまっていた。
理由は簡単、俺の計画性というやつが悪いからだ。
物を動かしてからなんか違うと感じて再度移動、そんなことを繰り返した結果がいまに繋がっている。
それでもいつもみたいにベッドに転べたら全部吹き飛んだ、できることならこのまま翌朝まで寝てしまいたいぐらいだったが……。
「亮太、飯を食べに行こうぜ」
「ああ、ちょっと待っててくれ」
母がこう言ってきているから寝ることなんてできない、おまけに昼ご飯だって食べていないから腹だって減っている状態で多分寝られない。
一応外用の服装に変えてから一階に移動すると「行くぞっ」とちょっとテンションが高めの母がいた。
「父さんは友達と飲みに行くからな、こういうときぐらいは私達だって贅沢をしてもいいだろ?」
「母さん達が頑張って稼いだ金なんだ、母さんがそうするというのなら俺は付いていくだけだよ」
そういう予定がないならいつもみたいに自分が作るし、そういう予定ができたならいまも言ったように合わせるだけだ。
正直に言ってしまえばそこまで羨ましくも感じていないから俺としては作って食べる方がよかった、何故なら外食に行くよりは安く済むからだ。
「おいおい、今日は青かよ……」
「本当だな」
あくまでゆっくりとした歩調で歩いているだけだった、声をかけるかどうかを考えている間に母が「青!」と大声で呼んでしまった。
人間ひとりでいたいときだってある、だからここは気づかなかったことにして離れようとしたのに答えが出たときにはもう遅い、というやつだな。
「珍しいですね、こんな時間におふたりでいるなんて」
「いまから飯を食べに行くんだ、そうだ、暇なら青も付き合え」
「え、あ、いまお金を持っていないので……」
「そんなのいい、大丈夫なら付き合え」
で、結局彼は断らずに……断れずに? 一緒に行くことにしたみたいだった。
こちらは少し後ろに下がって母が悪いと謝罪をしておく。
それこそ励は昔から母のことを知っていて気に入っているが、彼は違うからどう対応していいのか分からなくなるときというのがありそうだ。
「青、なにかあったのか? そういうのは励がすることだろ?」
「特になにも、ちょっと歩いていただけなんです」
「そうか、困ったらここにいるでかいのに言えよ?」
「はい、そうさせてもらいます」
そのでかいのも大して役に立てないから励に相談を持ちかけてほしかった、ひとりで抱え込まれるよりはその方がいい。
「混んでるな……」
「休日のこの時間だからな」
「まあいい、待てばいつかは食べられるからな」
限定商品を狙っているわけではないからそうだ、自分達の番がくるまで待てば問題ない。
スマホを弄って時間をつぶす人間でもないから色々なところを見て過ごしていた。
そうしたらその途中で少し居心地が悪そうな岩本が見えて、大丈夫かなんて聞いてみたりもした。
「俺、人が多いの苦手なんです、どこを見ていればいいのか分からなくて……」
「下を見て過ごすのは駄目か? 無理そうなら母さんだけにここで待ってもらって一緒に出てもいいぞ」
俺達より早く来た人達だってまだここにいる、そんなにすぐに呼ばれることもないだろうからそれでもいい。
俺としてもごちゃごちゃしすぎているから悪い話ではなかった。
「あ、それなら……」
「母さん」
「分かった、だけどすぐに反応できる場所にいろよ?」
「おう」
先程までは寒かったはずなのに冷たいそれが気持ちよかった。
まだまだ回復しきっていない感じではあるものの、岩本にしたって先程よりはマシな状態になっている感じがする。
「すみません、俺のせいで……」
「岩本は無理やり巻き込まれただけだろ」
「でも、俺は断らずにここに付いてきたわけですからね……」
「気にするなよ、なんか新鮮な空気が吸えて俺としても嬉しいぐらいだ」
窮屈なのは本当のことだった、まあ、それは他の人達にとっても同じだが。
防護服とかガスマスクとかそういうのを使用しなくてもいいというのがありがたいことだった、空気にも感謝しなければならないってやつだよな。
なにもかもが当たり前のことじゃない、だが、普通に過ごしているだけでそういうのが意識から段々消えていってしまうから怖いのかもしれない。
「励に言えないことなら俺に、俺に言えないことなら励に言えよな。俺らは岩本じゃないから言ってくれないと分からないし、そうやって言ってくれないとそもそも行動すらできないんだからさ」
「あ、今回は本当に歩いていただけですから」
「困ったら、だよ」
しっかし、特に羨ましく感じていなくたって店まで行くと分かりやすく食べたいとなるからすごいパワーだった。
あ、いや、いまの俺はただ腹が減っているからなのかもしれないが。
喉が乾いているときに飲む水やお茶が美味しいように、そりゃ作るのが大変な料理が金を払えば食べられるという状態なら意識を持っていかれるよなと納得する。
「杉先輩」
「ん? はは、岩本も腹が減ったのか?」
「はい、今日は昼ご飯を食べていなかったので」
「俺も同じだ、だから凄く腹が減った!」
「ははは、みんな同じですよね」
行きたくないのに無理やり連れてこられた存在以外はそうだろう。
美味しい物を食べたくていまここにいる、待つことになったって食べられるのならと考えて待っている。
「……ありがとうございます」
「おう」
それから少ししてから店内に戻って料理を注文して食べた。
母が「これだけ待つなら亮太が作ってくれた飯を食べた方がマシだったな」とかなんとか言っていたが、そこは気にしないでおいたのだった。
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