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Rinora

01話.[俺はこのままだ]

れい、今日って課題が出ていたよな?」

「うん、あ、もしかしてプリントを学校に忘れたとか?」

「いや、課題が出ていたならやらなければいけないと思ってさ」


 ベッドから移動して向き合うことにした。

 だらだらするのはやることを終えてからじゃないと駄目だ、後の自分が面倒くさくなるだけだから頑張っておかなければならない。


「やらせないよ、僕が帰った後でいいでしょ?」

「ご飯を食べるとすぐ眠たくなるんだよ、だから返してくれ」

「仕方がないなあ」


 なんで俺がわがままを言ったみたいな反応になっているのかは分からないが、文句を言ったところで余計に面倒くさい絡み方をされるからやめておいた。


「ねー、相手をしてよー」

「もうすぐ終わるから待っていてくれ、というか、励もやればいいだろ」

「面倒くさいからそんなの後でいいよ」


 うるさいからさっさと終わらせて付き合うことにした、が、彼は「やれることなんてお喋りぐらいだよねー」とか言って寝転がっただけだった。

 ……ごちゃごちゃ考えたら負けだ、自分のペースを守らなければならない。


「あ~、亮太朗りょうたろうの部屋は落ち着くな~」

「というかそろそろ帰れよ、遅くなればなるほど帰るとき辛いだろ」

「ちぇ、だけど亮太朗の言う通りだから帰るかな」

「気をつけろよ」


 鍵を閉めてから部屋に、ではなくリビングに移動した、せめてご飯作りくらいは暇人な俺がやっておかなければならないからだ。

 俺がいい人間とかそういうことではなく、ただ単純に怖い人間から自分を守るためにしているだけだった。


「ただいま! おい亮太! 飯ぐらい作ってあるんだろうな!?」

「ちゃんと机の上を見てからその発言をしてくれ」

「ふっ、まあいい、お前も中々に使える奴だな!」


 ちなみにこれ、姉とかではなく母親だった。

 父曰く学生時代は真面目だったそうだが、小さい頃からずっとこの母親しか見たことがないからいまいち信じられないというのが正直なところだった。


「そういえばさっき励を見たぞ、なんか公園のブランコで座ってた」

「なにやってるんだあいつ……」


 すぐに家に帰ろうとしない人間なのは知っているものの、たまには大人しく言うことを聞いてほしいと思う。

 つか寒いだろ、寒がりのくせにそんなことばかりをするから分からない人間だ。


「そんなに心配なら送ってやったらどうだ?」

「いや、寒いから嫌だよ」


 寒さから逃げるために学校からさっさと離れて家に帰ってきているんだ、そんなことをしたら自分のしていることが無意味になってしまうからしない。

 多分、励もそんなことを求めてこない、俺のことをよく「口うるさいなー」と言っているから勝手に悪く考えているわけでもない。


「まあいい、せっかく亮太が作ってくれたんだから飯を食べよう」

「分かった」


 父は一時間ぐらい帰宅時間が遅いから待つということは少なかった。

 母が積極的に先に食べようとする人であるのと、前に待っていたら「先に食べていいぞ」と父が言ってきたからそういうことにしている。

 それでもたまには一緒に食べようとするときもあるが、そういうとき大抵は調理を始めた時間が遅かったとかそういうことでしかない。


「ふぁあ~、……飯を食べると眠たくなるな」

「風呂は溜めてあるから入ってから寝た方がいいぞ」

「分かってる……」


 こっちは洗い物をして、部屋に戻るのは面倒くさいから母が出てくるまでリビングでゆっくりしていることにした。

 この風呂までの時間と、風呂を出てから寝るまでの時間が結構退屈だったりするからその時間を埋められるなにかがあってくれた方がよかった。


「ん? あ、励か、もしもし?」

「もうご飯食べた?」

「食べたぞ、いまは母さんが出てくるまで待っているんだ」

「それならちょっと外に出てきて、じゃあねー」


 実際に出てみたら「よ」と暗くなってからもふらふらしている励がいた。

 おかしいな、先程帰れよと言ったはずなのにと考えていると、


「はいこれ、亮太朗にあげる」


 ……何故かやたらと丸い石を渡してきて本気で困った。

 俺はこれまでも彼からこうして石を貰ったことがある、奇麗な四角の物だったりいまみたいに丸かったりと他の石に比べればまだマシだが正直……。


「さっきまで探していたんだ、いつもお世話になっていからお礼としてね」

「な、なにも石じゃなくてもよくないか?」


 なにかを返してほしくてしているわけではないものの、なにも石に拘らなくてもよくないかと言いたくなってしまうのは俺が大人じゃないからだろうか?


「まあまあ、見ていると落ち着くからそうしてよ、それじゃあねー――わあ!?」


 なんとか腕を掴んで止めることができた。

 正直、こうしたところで意味はない。


「ありがとな、それでも励がくれた物だから大切にするわ」


 それでも礼を言っていなかったことを思いだして礼を言っておいた。

 文句よりもまず感謝だ、ど、どんな物だろうと誰かがくれたんならそうしておけば問題にはならない。


「そ、それより急に引っ張るのはやめてよ、腕が引きちぎれるかと思ったよ……」

「ははは、悪い、それじゃあまた明日な」

「うん、今度こそまた明日ね」


 本当に帰るんだよな? といまいち信じきれていない俺がいた。




「こんにちは、こんにちはー!」

「……き、聞こえているよ」


 顔を上げて睨んでいたら「そんな顔をしないでください」と言われてやめた。

 はぁ、人が寝ているときに耳元で大声を出すのはやめてくれと言っているのに全く聞いてくれないのが彼だった。

 ちなみに彼は励というわけではない、だからこそ余計に疲れるということだ。


「なんでじっとしているあなたの方が疲れているんですか? 励先輩はあんなにも元気なのに突っ伏したりしませんよ?」

「みんながみんな励みたいにできると思わない方がいいぞ。それより岩本、なんで毎回お疲れの先輩を起こそうとするんだよ」

「励先輩の友達であり杉先輩の友達だからです」

「励のところに行っておけよ……」


 岩本せい、彼は励とよくいるせいか人間性がとても似ていた。

 ふたり同時に来ることだってあるため、上手く対応しきれずに流されてしまうことも多かった。

 別に嫌いとかそういうことじゃないが、もう少しぐらいは俺と一緒に止めるために頑張ってほしくはある。


「あ、青ちゃんだ」

「こんにちは、励先輩は青先輩と違っていつも元気ですね」

「当たり前だよ、自分が元気じゃないとなにもかもを楽しめないからね」


 トイレと言って離脱する、まだまだ授業があるんだから疲れているわけにもいかないんだよ。


「なんで腹痛でもないのに個室に入るんですか?」

「……なんで中にいるんだよ」

「だって杉先輩が逃げ出すからですよ」


 今回は嘘だが本当に尿意や便意を感じての行動だったらどうするんだと聞いてみた結果、彼は笑いながら「それなら安心ですね」なんて言ってくれた。

 そもそも離れる=逃げるという考えになってしまっていることがおかしい、彼は出会って少ししてから俺に対してだけはすぐにこういう風に行動してくるから不思議だった。


「はぁ、手を洗って戻ろうぜ」

「はい、励先輩だって待っていますから」


 細かく考えたりしないようにしようと決めるのに毎回同じことを繰り返してしまっている。

 中身が成長していない、こいつらと上手く過ごすにはそういう能力が他のなによりも必要になるというのに俺ときたら……。


「あ、今日は杉先輩の家に行きます、由舞ゆまさんと話したいので」

「青ちゃんは由舞さんと仲いいよね、あ、僕の方が仲がいいけど」

「そんなことで張り合うなよ……」


 もっとも、俺の母もふたりのことを気に入ってしまっているからなんにも言えないというのが実際のところだった。

 仕事から家に帰ってくると「なんだ、励や青はいないのか」と確認してから言うのが普通になっている。

 昨日みたいに飢えている獣みたいな状態で帰宅する方がレアだった、母だっていつでもあんなに暴走状態というわけじゃないんだ。


「青ちゃん、僕、人妻を狙うのはよくないと思うんだ」

「杉先輩、励先輩が――」

「全部言わなくていい、励はこれが普通だから気にしなくていいんだ」

「そ、そうですか」


 少しずつ岩本をこっちに戻すということがいまの俺がしたいことだった。

 なんでもかんでも励みたいというわけでもないため、宝くじの一等に当たる確率とかよりは連れ戻せる確率の方が高く感じる。

 ひとりじゃ駄目なんだ、ふたり、いや、できることなら止める側の人間は○人と制限せずにいっぱいいた方がいい。


「あ、友達が来たから戻るね」

「おう」


 こっちは引き続き休む――ことはできなかった。


「寝ちゃ駄目ですよ、寝るのなんて家でゆっくりすればいいんです」

「いや、今日は家に来るんだろ? そうしたら寝られなくなるだろ」


 わがままを言って長く残ろうとするところが容易に想像できる、母も母で「泊まっていけ」とか簡単に言ってしまう人だから尚更のことだ。

 だからこそこういうときに休んでおく必要があった、それだというのに絶対に許さないと言わんばかりに岩本は机の上に手を置いてきていた。


「……どうすれば言うことを聞いてくれるんだ?」

「話し相手になってください」

「はぁ、分かったよ」


 突っ伏すことを諦めて頬杖をつくことにした。

 前の椅子に座った彼は「ここはいつも賑やかでいいですね」なんて言っている。

 励みたいに明るい人間ばかりだから自然とこうなるんだろう、俺としては賑やかな方が楽しくなるからこのまま続けてほしかった。


「岩本」

「なんですか?」

「あー、席の持ち主が困っているからどいてやってくれ」

「あっ、す、すみません」


 話したことがない相手ではあったがこちらも謝罪をしておいた。

 まだまだ時間もあるからまた廊下に出て話すことにする。

 壁に背を預けて適当なところを見ていると「杉先輩は励先輩とはやっぱり違いますね」とぶつけてきてくれたが、そんなのは当たり前のことだ。


「俺は杉先輩にも励先輩みたいになってほしいです」

「おいおい、俺が励と同じだったら岩本は疲れるぞ?」

「でも、嫌な疲れではないですから」


 物好きな奴め、真似をするつもりはないが考えるだけなら自由のためこれ以上なにかを言ったりはしなかった。




「由舞さん、俺の相手をしてください」

「いやいや、由舞さんは僕の相手をするべきだよ」

「違うだろ、由舞は俺のなんだから俺を優先しておけばいいんだ」


 どうしてこうなった、あと、なに父も乗っかっているんだ。

 対する母は楽しそうな感じで「ちゃんと相手をしてやるから慌てるな」と言っているだけ、もしかしたら可愛くて仕方がないのかもしれない。


「私の息子は残念ながら言ってくれないみたいだがな」

「迷惑になるからな、面倒くさいのはその三人だけで十分だ」


 しなければいけないことはもう終えているから今日はこのタイミングで部屋に戻ることにした。

 制服から着替えてベッドに転ぼうとしたところで残念ながらお客が来てしまいできなくなったが。


「亮太、拗ねて戻らなくてもいいだろ?」

「拗ねてないよ、あの状態なら母さんに任せておけば十分だからさ」

「励も青もなんか由舞のことを気に入っているよな」

「友達みたいに話せるからじゃないか?」

「つまり、由舞は最高ということだな」


 たまに怖いだけでいつもは優しい人だから否定するつもりはなかった。


「あのふたりは素直なところがいいな、亮太にも少しぐらいはああであってほしいんだが……」

「俺は素直だぞ?」

「いやいや、まだまだ足りないんだよ」

「俺があのふたりみたいになったら母さんが大変だよ、だから俺はこのままだ」


 変わることを恐れているとかそういうことはないが、いまの自分が好きだからこのままでいいだろう。

 誰かになにかを言われて変えたところでそれは本当の自分とは言えないんだ。


「今更だが青はあっという間に馴染んでしまったな」

「励の友達だぞ? 励の友達なのに臆病とかだったら驚くぞ俺」

「ああいうタイプはそういう子を見つけたら積極的に話しかけて一緒にいようとするだろ? だからその可能性だってゼロではないと思うがな」

「ふむ、確かにそうか。まあ、岩本は違うから」


 ノックをされたから返事をしたら件の岩本が入ってきて父が逆に出ていった。

 励によく似た後輩君は床に座ると「俺達を誘ってくださいよ」と言ってきた。


「俺、臆病ですよ?」

「ははは、それはないだろ」


 臆病なら友達の母に積極的に話しかけることなんてしないはずだし、そもそも俺の家に来ることだってしないだろう。

 急に変な発言をするのは励がそうだが、これもその真似事ということならやめた方がいいとしか言いようがない。

 そんなことをしなくたって俺はちゃんと相手をする、友達なんだからいちいち言わなくてもというやつだった。


「臆病だから名字で呼んでいるのかもしれませんよ?」

「そうだったのか?」

「って、それで終わらせないでくださいよ……」


 いくら明るい人間とはいってもいつでもそうやっていられるわけではない、だからそのことに関してはないだろとか言ったりはしなかった。


「あ、友達じゃないとか思っていないからな?」

「え、なんで急にそんなことを?」

「勘違いしてほしくなかったからだ」


 さて、そろそろ一階に戻るとするか。

 そろそろ腹が減ったからご飯を食べたい、で、食べ終えたらふたりを送っていくことにしよう。

 何故そうするかは断れなくて彼が励の犠牲になりそうだったからだった。


「あ、今日ふたりを泊まらせるぞ、たまにはゆっくり話したいからな」

「……ちなみにそれは母さんが決めたのか?」

「当たり前だ、父さんは飯を食べたらすぐに寝てしまうからな」


 それなら送らなくて済むからまあいいかと終わらせ、とにかく自分作のご飯を食べていくことにした。

 それなりにやっているから普通に美味しい、こうして食べる度に食事という行為が本当に大切なんだとよく分かっていく。


「励、昔みたいに一緒に風呂に入るか?」

「僕はいいよ?」

「ま、待て待て、流石にもうやばいだろ」


 両方ともそれなりの年齢なんだから発言にはもっと気をつけてほしい。

 特に母だ、実の息子を誘うよりもやばいことをしている気がする。

 こうなってくると益々学生時代は真面目だったという情報を信じられなくなる。


「じゃ、青からだな、ちなみにお前は可愛げがないから最後だ」

「それでもいいよ」


 着替えを渡そうとしたら何故か「着替えを持ってきていますから」と岩本は言ってくれた、なんなら励だって言ってくれた。

 これまた移動しなくて済んでラッキー――なわけがあるか。

 多分知らなかったのは俺と父だけだ、なんでそんな無駄なことをと聞きたくなったが答えてくれそうな感じもしなかったから黙っていることにした。


「ごちそうさま」


 ちょっと今日は転びたい気分だったから急がなくてもいいというのは実はありがたいことだったんだ。

 電気も点けずに寝転んでいると寝てしまいそうだったから電気を点けたまま寝転んでいたら「おい」と今度は母がやって来た。

 今日はこういう日らしい、別に盛り上がっているみんなを見て拗ねているとかそういうわけじゃないのになんか不思議だ。


「あれは私なりの冗談だからな? でも、止めてくれて感謝……しているから。いやまさかあのまま励が『いいよ』と答えてくるとは思わなくてさ」

「励なんだぞ? 普通の結果を求めても大体は失敗するだけだよ」


 いますぐにでも直してほしいところだった、が、俺と一緒で変えようとしないからずっと一緒のままだった。

 説得力がないと本人に指摘されてからは言えていないことだ、だから他者にそうしてほしいと願っているがその存在も現れない。

 もっと岩本が仲良くなれればそういう存在になってくれるだろうか?


「ただ、励にはなんかあのままでいてほしい気がする」

「ははは、だって母さんは気に入っているもんな」

「ああ、変わったら悲しいから」


 どうなるのかなんて誰も分からない。

 俺としてはこれからも一緒にいられる限りはいるということだけだった。

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