全て甘き、ではなく
「じゃあ、この人魚が町民を誘拐してたってのかい、目深の嬢ちゃん」
「そうなります。ただ、もう反省している様なので」
「はいそうですかって、許すわけにもいかねぇよ。お陰で街も暫くは客足が戻らねぇだろうし」
翌日、魔王とフレイで町民達に事件の顛末を話していた。
無論アスルを伴ってなのだが、彼女には冷ややかな視線が投げかけられていた。
町民にとってその感情は当然の事だ。被害者達は何日も動けずに海底に閉じ込められていたし、街全体としても確かな被害を負っている。
「良いのよ。私の行った事は確かに悪。ここの人達の好きに裁いてくれた方が、私としても納得できるわ」
「アスル……」
海岸にて町民の声を正面から受け止めるアスルの瞳には、諦観の色が浮かんでいる。
確かに無罪放免というわけにはいかない。だが彼等の感情のいくままに裁定を下されると、最悪生命を絶たれかねない。それはフレイと魔王にとっては、防ぎたい結果であった。
そんな暗い感情が渦巻くエインカイルに光明を照らしたのは、1人の少年であった。
「でもこのお姉ちゃん、凄く悲しそうに唄ってたよ。石になった僕の事も、大切にしてくれてた」
「カスパル、どうしてそんな事判るの? 海で起きていたの?」
「私も、ハッキリと意識があったわけではないんですけど、夢を見ている様な感覚でこの方の言葉を聞いていました。本当は普通にお話がしたい、歌を聞いてほしい、笑い合いたい──と」
「そりゃまあ許せないかも知れないけど、少しこの子の気持ちも汲んでくれねえか?」
少年カスパルの証言を皮切りに、石にされ拐われた人々がアスルを擁護する。
「みんな、どうして……?」
「だって、街のみんなは人魚さんの事知らないでしょ? それなのに、みんなして人魚さんの事言うんだもん! そんなの不公平じゃん!」
カスパルの言葉に、町民達が騒がしくなる。
そして街の有力な大人達が、改めて話し合いを始める。
「ありがとう、坊や」
「ううん。それより、大人の話が終わるまで、また歌を聞かせて!」
「ふふ、優しい子ね。それじゃあリクエストに応えるとしましょうか」
アスルが初めて見せた、純朴な笑顔。
それは一度冷え切った町民達の心が、アスルのそれと共に融けかかった瞬間を示唆していたのかも知れない。
「まさか、私が石化してからたった1日で事件を解決するとは。流石です王よ」
「うふふ、げいるーくんが残したヒントがあってこその事です。助かりましたよ」
「今回は私も蚊帳の外でしたからね。ちょっとは活躍したかった」
「リアラの役割も必要だったど。それに、短期間とはいえ教会を仕切ったのが俺達の仲間だと判ったからこそ、人魚の嬢ちゃんの罪も軽い罰で済みそうなんだ」
「そうですね。リアラちゃんも充分お手柄ですよ」
「ところでさ、魔王様。なんでいるるんに抱き着いたまま話してるの?」
それまでは勇者一行や魔王達もエインカイルに滞在し、動向を窺っていた。
街外れの岩礁にて顔を合わせた一行は、従者ゲイルに引っ付き続ける魔王と話していた。
「だって、1日いなくなってしまったんですから、それを取り戻すべく密着しないと」
「あの、えっと、どういう理論なの?」
「ピークちゃん、もうツッコんでも無駄じゃないかなあ」
「ダメよ! 私まで感覚麻痺したら、このパーティはいつか瓦解するわ!! だから私だけでも、抵抗し続けなきゃ!!」
「何か変な方向に熱が出てるな……」
切実そうに胸を押さえて力説するスピカ。常識人であるからこそ、妙に暴走してしまっている節は否めない。
「おはよう。みんな相変わらず賑やかね」
「あ、アスルさん。おはようございます」
混沌とし始めた雰囲気の一行に、海の方から彼等を呼ぶ声が聞こえる。
人魚のアスルだ。海中から顔を出して、スカイブルーの瞳を勇者及び魔王一行──或いはその向こうの広い青空──に向けて微笑んでいる。
「もう準備はできたのか?」
「ええ。とはいっても、逃げてきたわけだから荷造りの必要なんてないのだけれど」
そんな言葉に、ゲイルを除いた5人が浮かない表情になる。
数日間の話し合いを経て決定したアスルへの裁定。
それは──エインカイルからの追放というものであった。
「アスルさんも反省しているみたいですから、許しても良いと思うんですけどね。懺悔なら私が幾らでも聞きますし」
「エインカイルの人々としても、最大限の譲歩だろう。それに、陸に上げて禁固とかでなく追放としたのは」
「そうね。みんながみんな女神や神官や魔王みたいに懐が広いってわけでもなし、海から引き剥がされなかっただけでも御の字よ。きっとね」
「そうね。鱗を剥がされなかったり、尾ひれを斬られなかっただけでも罪は軽いと思うわ」
「人魚はばいおれんすな発想すんだなあ」
などと言い合っていたところ、ゲイルが何か言いたげに細い指先をおとがいに当てていた。
「アスルよ、少し良いか?」
「え、ええ。構わないけれど」
アスルはゲイルを石化した張本人だ。その事に負い目があるのか、少し目を泳がせつつ応じている。
「3──いや2週間後、この地図の場所へ来られるか?」
「ええ。問題ないわ。でもどうして?」
「住む場所が必要だろう? 私を信じられるのなら、従ってくれるか」
「……判ったわ。では、また会いましょうね」
言って、アスルは透き通った海を三日月の尾ひれで掻き分けて少しずつ陸地から遠ざかる。
「さようなら、アスルさーん」
「またお会いしましょうねー!」
一行の良心トップ2とも言うべきリアラと魔王が、離れていくアスルに大きく手を振って別れの言葉を叫ぶ。まだ大して距離もないうちに。
そんな様子を黙して見ていたフレイの心に、アスルの酷く羨ましそうな表情が強く、強く印象に残った。
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