人魚の『夜』を照らすモノ、それは母性
「えっ、ちょっ、エッ」
「よろしくお願いしますねっ!」
フレイが言葉に詰まりながら制止しようとするも、魔王はそれだけ言って波打つ海へと走り出す。下着姿で。
フレイが言葉の切れ端の様な音しか発せなかったのは、勿論『遊泳する人魚を捕まえる』というあまりにも無茶を言い出した事への驚愕が大半だ。
だがやはり、服の上から見ても明らかに
(いや凄いな、ミリアは色白で綺麗だと思ってたけどそこに黒い下着というのはこう映える感じが──「おい! 水の槍は私が落とすから、波の処理は任せたわよ魔王に興奮する色ボケ勇者ァ!!」
「お、おおおおおおおおう! ま、任せろ!!」
明らかな動揺を仲間に突かれ、フレイは大声を出してその揺らぎを誤魔化した。
***
策はあった。
水中の覇者たる
それは、己の強みを海中という未体験のフィールドに無理やり適応させる事だ。
彼女の強みとは──圧倒的なまでの魔力と、それを圧縮して放つ出力。
その膨大な魔力を推進力として、足の裏から放って超高速で泳ぐというのが、魔王の策だ。
否、策というにはあまりにも破壊的。
だがそんな破壊的なゴリ押しでも策として成立してしまうのが、マクシミリアム・マグノリアを魔王たらしめる所以だ。
(必ず、成功させます……!)
右の角を折る。左右の瞳が輝きを増し、その目を擽る海水から保護するための魔力膜が発生する。
同時に呼吸も可能になり、身体中に枷をつけられた様な圧迫感から解放される。
そして世界で最も濃厚で膨大な魔力塊の封を解いた魔王は、思い描いた通りに直線軌道かつ超高速で人魚へと肉薄する。
「は?」
あまりにも無謀であると考えたか、魔王を視認はしたが放置していた人魚。
意味不明な速度で接近する魔王を見て、思わず彼女は口をあんぐりと開けて間抜けに声を裏返す。
第一の突進。
魔王は両手を広げて捕らえにかかるものの、咄嗟に上へ泳いだ人魚が回避。
第二の突進。
今度は人魚の少し下に向かって直進し、寸前で軌道を変え下から掬い取る様に捕らえにかかる。
が、これも海中に波を起こして魔王の位置をずらした人魚が無事に回避。
「そんなに私を捕まえたいなら──ついて来ると良いわ!」
人魚は叫びつつ、どんどん上に泳いで勢い良く水面から飛び出す。
魔王は躊躇なく魔力の噴射で人魚を追跡し、彼女と同様に海の蒼から空の青に背負う色を変える。
「私の歌を聞きなさい!!」
「しまっ──」
人魚の狙いは、海の歌声を魔王へ聞かせる事にあった。
空中に出なければ石化の能力は発動できない。それは魔王も考えていた能力の欠陥であった。それ故、人魚を相手に海中という場所を選んだのもある。
だが無謀にも見える奇策を選び、人魚の動揺を誘えると考えていた魔王はこんなにも早く最適解を編み出されると想定していなかった。
(あの石化能力を力で突破するには、恐らく両角を折った暴走状態にならなければいけない。でも)
上級魔族の暴走は二段階。純粋に手折った角の数によって分けられるのだが、二段階目は急速に魔力を消費してしまうため、暴走による意識の喪失を克服した魔王も基本的には使わない。
魔王は急ぎ左角を折ろうとするも、既に手が言う事を聞かない。もう石になってしまっているらしい。
(ごめんなさいフレイくん、皆様……私)
「諦めるな、ミリア!!」
「えっ──」
背後からフレイの檄、そして風の魔力。
咄嗟に何とか動く首で後ろを見ようとした魔王の左角に、フレイが飛ばしたと思しき風の刃がぶつかる。
スパッとキレのある音がして、角が魔王の頭から分離される。
「ありがとう、フレイくん」
既に一夜城砦の中に引っ込んだフレイへと感謝を告げ、魔王は熱を増す身体から魔力を放出する。
(両手が動く。意識もハッキリしている。これなら!)
魔王は先程水中で披露した魔力噴射による加速を、空中でもできる様アレンジして人魚へとまっすぐに突撃する。
「なっ、何よその力!」
「これが貴女を救うための──私の
空を泳ぐ術のない人魚は、抵抗する術を持たない。
人魚は魔王の抱擁を受け入れるしかなく、圧倒的魔力量から繰り出される優しい抱擁に混乱しつつ敗北を認めた。
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