勇者様も男の子


「ようこそ。今宵は私のリサイタルへ来てくれて嬉しいわ。二股の皆さん」


 少し濁った瞳を一行へ向け、海精女族マーメイドは高い鼻に砂がへばりつきそうなくらい深々と頭を下げる。

 水棲の種族らしい言い回しで人類側と魔族を一緒くたにするのは、どこか距離感を覚えるとフレイは刹那物思いに意識を逸らす。


(今はそんな場合じゃないか)


 思考を切り替え、背中に刺した剣を抜く。鋒を藍色の天蓋へと向けると、人魚は顔から先程の余裕に満ちた薄笑みを消して憎しみをいたるところに刻む。


「単刀直入に訊こう。この街で起こっている失踪事件の犯人は、貴女か?」

「失踪? 知らないわ。私は私の歌に聞き惚れて動けなくなった『トモダチ』をお家に招待してるだけ。まだ誰も『帰りたい』と言わないのは、嬉しいけど困りものね」

「ならアンタが犯人じゃない! 知ってるわよ、その尾ひれが鳴らす風切音が特殊な力を持ってるって!」

「ふぅん。そこまで知っておいて、足並み揃えて私の前にやって来たのね?」


 髪を弄りながら訊く人魚であったが、そこで魔王の頭に気付いたのかパッと目を見開く。


「あら、貴女魔族?」

「はい。当代の魔王、マクシミリアム・マグノリアと申します。お名前をお聞きしても?」

「私はアスル。魔王とは驚いたわね……。昨日も魔族の美男子と出会ったけれど、最近は人間とも仲良くやってるのかしら?」

「それは我々の最終到達点です。そして昨日貴女が会ったのは私の大切な従者。今まで貴女がいざなった方々にも、それぞれ大切な者がいらっしゃるはず。どうか解放していただけませんか?」


 手を絡め祈る様な所作で懇願する魔王に、人魚アスルは瞳の空を暫し向ける。

 だが、重い数秒ののちにアスルが放ったのは「嫌よ」という無慈悲な否定。


「従者に会いたければ、貴女が私の『トモダチ』になれば良いのよ。そうしたら──‬彼の横に立たせておいてあげるわ!」

「来るど!! みんな気ぃつけろ!!」


 音もなくアスルは背後の海へと潜る。昼間であれば透き通る海も、陽光がなければ途端に全てを隠す闇と化す。


「ガロッサは一夜城砦の準備を! スピカとミリアも一旦こっちへ!」


 戦闘開始と判断したフレイが、アスルの能力を警戒して後退を命ずる。

 3人は指示通りに行動し、砂浜に配置されたロープより後ろへと退がる。


「聞きなさい──‬!!」


 どこからともなく耳に入ってくる、人魚の叫び。

 来る。エインカイルを暗澹たる不安に陥れた『海の歌声』が。

 その場の4人の誰もがそう予感し、全身に緊張を走らせる。


「どおおおおおおおりゃああああああ!!」


 そして数瞬遅れてガロッサの怒号めいた絶叫が響き渡る。彼は『一夜城砦』のレバーを力一杯引っ張っていた。


 ガゴン、と重い音が鳴ると同時に長いロープが引っ張られた状態でレバー横の柱に巻かれていく。

 そしてロープの先から引っ張られてきたのは、白渓石の壁。

 猪や猛牛もかくやという速度と力強さを以って砂浜を走る白渓石は、やや円形に湾曲した壁になっている。

 それが待機していた3人の前に現れ、フレイが即座にその壁の影に隠れる。


「これが一夜城砦。防音効果のある白渓石で造ったから、これであの石化能力も防げるはずだ」

「隠してた意味は!?」


 したり顔で説明するフレイに、スピカが全力でツッコむ。確かに防壁とするなら、隠す意味はまるでない。


「露骨に設置してたらバレバレかなって」

「でも、バレたところで特に問題ないのでは?」


「壁が! ずんって! 出てきたら! カッコいい! でしょうが!!」


 無駄な機構に1日を費やしたフレイ達に向け、女性達の冷ややかな視線が容赦なくぶつけられる。


「いや、まあ……ちょっと判るかも?」

「え、スピカちゃん?」

「だって大っきい物が『ゴゴゴゴゴ……』とか鳴りつつ動くのってロマンあってカッコよくない?」

「ちょっと判らないですね」


 ロマンというワードに惹かれつつあったスピカに、魔王はついて行けず目を点にしてしまう。


「まだ戦いは終わってねえど」


 1人冷静なままだったガロッサが、緩んだ3人に気を引き締めろと注意する。


「はい」

「すみませんでした」

「わ、私は冷静ですよ!?」


 3人はそれぞれのリアクションをしつつ、海を泳ぐ三日月へと意識を向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る