哀歌は夜に響く


 翌朝、スピカと魔王は陽が昇るや否や宿屋を飛び出し、海へと向かった。


 昨夜ゲイルが通信魔法に応答せず、すぐにでも安否確認をしようとしたところ、フレイやガロッサに制止された。

 夜に海へ近付くと、彼女達まで『海の声』に拐われてしまうのではないかと危惧しての事だ。

 その諫言は正しく、正誤を判断する程度の思考力は辛うじて魔王達にもあった。


 そして暁の訪れと同時に宿屋を飛び出した5人は、遂にゲイルの姿を捉える事はなかった。


「見当たりませんね。勝手に持ち場を離れる様な子ではないのですが」

「だよね。やっぱり何かあったとしか……」

「せめて痕跡だけでも見つからないかな」

「あったど。あいつの剣だ」


 周辺を捜索していると、ガロッサが波に打たれて抉れた岩場に剣が刺さっているのを発見する。

 フレイは剣の刺さった周囲を確認するが、血痕等は見当たらない。ここで直接ぶつかったわけではなさそうだ。


「いるるんがここに刺してどこかに行ったのかな?」

「失踪犯が俺達の事を知って、ゲイルを倒せる程の実力があると誇示したのかも知れないな」

「ん? 剣の周りに妙な傷があるど」


 ガロッサの言葉を聞き、4人は目を凝らす。

 剣の周囲の岩に、何か刻まれていた。


「模様、ですかね? 波に削られてできた様には見えませんが」

「これは、魔族が昔使っていた文字ですね。三日月と……人魚? と書かれています」

三日月の海精女族クレセント・マーメイドの事かな」

「スピカ、何なんだそのナントカマーメイドって」

海精女族マーメイドの中でも、尾ひれが三日月みてえな形になった種族だど。何か妙な噂があった気がするなあ」


 訊かれた事をガロッサにインターセプトされたスピカは軽く頬を膨らませつつ「石化能力の話ね」と情報を追加する。


「あくまで噂だけど、特徴的な尾ひれからなる風切音を聞くと石になってしまうって話よ」

「風切音って、もしかして」


「「海の声……!」」


 リアラの呟きに呼応し、フレイと魔王が同時にエインカイルを駆け巡る都市伝説の名を口にする。


「そっちの噂を加味すると、ちょっと真実味が増すわね」

「聞いた者を石にしてしまう力ですか。対抗策はあるのですか? 私が角を壊せば無理矢理抵抗する事もできなくはないと思いますけど」

「……いや、具体的な対抗策はあるよ」

「んだなあ。俺が設計した『一夜城砦いちやじょうさい』が役に立ちそうだど」


 フレイが鋭い目をガロッサに向けると、一行自慢の豪腕をぐっと振り上げ気合の入った表情を見せる。


「一夜城砦?」

「ま、防御の方は任せといてよ。あとはどう犯人を追い詰めるかだ」

「そうですね。げいるーくんのためにも、エインカイルの民達のためにも早期解決を心がけねばなりません」


 フレイはこれからの方策を少しずつ固め、従者のために決戦を急ぐ魔王の肩を叩いた。



 その晩。

 フレイとガロッサは1日中砂浜に腰を埋めて防御策の展開に時間を使い、魔王とスピカは犯人を捕らえるための動きを思索していた。リアラは今日も教会で心傷める人々の支えとなっている。


「レバー、作動に結構力が要るな」

「あんだけデケエ物を動かすからなあ。スピカが忙しくなけりゃあ魔動式にしてもらうんだけんど、向こうは向こうで忙しそうだもんなあ」

「だな。まあ俺達は作動できるし、ミリアもできるんじゃないかな」

「どう? そっちはいけそう?」


 男2人で防御策の動作確認をしていると、スピカが話しかけてくる。もう殆ど陽も沈んでいるためか、必要以上にフレイへと顔を近付けている。


「あ、ああ。大丈夫そうだ。そっちは?」

「結局、即席で連携するくらいなら互いの邪魔しない様に意識する程度で良いんじゃない、ってなったわ」

「1日使って!?」

「あとはあんまり怪我とかさせずに、話し合いで解決しようねって決まったわよ?」

「それを踏まえても、やっぱり1日使ってする決め事じゃないと思うんだけど」

「うふふ、ごめんねフレイくん。私の魔法って強過ぎるみたいだから、加減のしかたを教わっていたの」

「うーん、まあ……あの威力をぶっ放すのはなあ」


 いつぞやにゴブリンの岩山で見せた、魔王の全力魔法光線。あの時はリミッターを兼ねる角を外していたため、普段はあそこまで高い威力ではないはず。

 だが彼女の強さは折り紙つきであり、もし身体の弱い海精女族であった場合、うっかりでその生命を奪いかねない。


「スピカ、ナイスな」

「うっす」

「んじゃあ、火でも焚べて俺等がここにいるって人魚さんに教えて──‬」


『Uh──‬──‬Ah──‬──‬──‬Ah〜〜〜〜』


 犯人像として挙げられている人魚を呼び出すべくアピールしようとする一行の耳に、美しい独唱の声が入ってくる。


「海の方からよ」

「だな。どこに──‬」


「はじめまして。私の歌を聞きに来てくれたのかしら?」


 歌声のする方へ目をやると、彼女はもうすぐそこまで迫っていた。

 海色を宿した髪に、空色の瞳。

 波打つ砂浜に投げ出された下半身は、銀の鱗に包まれている。


 そして何より、その尾ひれは夜空に存在感を示し始めた三日月と全く同じ形をしていた。

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