桃色エルフは苦労人


「はぁ〜〜〜〜〜〜疲れた……」

「悪かったよスピカ。ほら魚一切れあげるから」

「わーいお魚大好きーー! ってなるかおバカレッド!!」

「まあまあ」


 その晩、エインカイルの食堂にて。

 街での聞き込みを終えた勇者一行は、夕食を胃に運んでいた。

 リアラを送り出したあと、フレイの提案によってガロッサも別行動を取る事となった。


 その結果。

 人間の営みに逐一瞳を輝かせてフラつく魔王と、その姿に易壁するフレイという2頭の手綱をスピカ1人で引かねばならなくなった。


「魔王に弱い勇者って、本末転倒じゃないの……」


 魔王討伐のために女神から力を授かった勇者が、魔王相手に我儘を許しては踏んだり蹴ったりだ、とスピカは片付いたテーブルに突っ伏してぼやく。


「まあスピカちゃん。お疲れですか? ここは花湯っていう大きなお風呂があるらしいので、一緒に入って疲れを取りましょうね〜」

「うわあ、吉報と凶報が同時に訪れた」


 リアラは未だ教会から戻らない。神官が教会にやって来たと聞いて、心の拠り所を求める民が予想よりも多いらしい。

 という事は、風呂の時も1人魔王を見張らなければならないわけで。花湯は楽しみではあるが肩の荷をより重く感じてしまうスピカ。


「くぅ、胸の荷は魔王の方が重いはずなのにぃ!」

「???」

「ぶふっ」


 突然妙な事を言い出すスピカに、魔王は目を点にして首を傾げ、フレイは茶を噴き出す。


「あ、ここにいましたか!」


 そろそろ食堂を出ようかという頃合いだったが、そこでようやくリアラが合流した。


「女神ィ!!」

「どしたのピークちゃん」


 友人が突然フルスロットルのテンションで呼びかけてくるので、リアラは目を丸くしてしまう。

 女神──‬ではなく神官であるリアラの姿に、スピカは後光すら誤認してしまう程感謝したのであった。




「お風呂じゃ帽子で角誤魔化せませんよね?」

「えっ」

「タオル巻いて隠すにしても、髪洗う時は無理ですよね?」

「えっえっ」



 などというリアラ特有の核心を突く天然口撃が降り注いだ数時間後。

 魔王がどうしても花湯に入りたいとせがんだ結果、風呂屋が閉まるか閉まらないかというタイミングで入浴する事となった。

 潮風で身体がベタつきがちなエインカイルは風呂屋も普段は盛況らしいが、連続失踪事件のせいか街の者も外出は控えているらしく、時間帯もあって風呂屋は彼女達以外に客がいなかった。


「ん〜良い香り。シャンプーも同じ花の油で作ったのかな?」

「お湯もシャンプーも同じ様な香りがしますね。ちょっと強めの清涼感が心地良いです」


 髪と身体を洗い終えたスピカと魔王が、湯に浸かって感想を漏らす。

 白渓石で造られた浴槽は、ぎゅうぎゅう詰めになれば人が50人くらい入るのではないかという広さであった。

 それを3人で入るとなれば、自然と開放感が心を突き抜ける。これ程の贅沢がこの世に他あるのかとすら思える。


「はぁ〜気持ち良い。楽園とはこの事よ」

「うふふ、今日はごめんなさい。人間達の街には、刺激が多くって」


 頭と胸と腰、合計3枚のタオルを使って身体を隠す魔王が、苦笑してスピカに謝罪する。


「暴走してる自覚はあったのね」

「ええ、まあ。でもでも、愛想良くしていたので情報を聞き出せたというのもありますしっ」

「良いのよ良いのよ。魔王様の言う事も尤もだし、それに──‬「人里に来たばかりのピークちゃんが、まんまあんな感じだったもんね?」

「あー言わないで! 言わないでよアラちゃん!」


 丁寧に身体を洗っていたリアラが、遅れて湯船に浸かる。

 ふはーと身体の疲労を吐き出して、リアラは興味津々な魔王に向けて話を続ける。


「ピークちゃんは魔法を学ぶために人間の街に引っ越して来たんですけど、その時すんごい人見知りで、当時子供だった私にも尻尾膨らましてたんですよ」

「え、スピカちゃん尻尾あるんです?」

「いや警戒してたとか威嚇してたとか、そんな意味合いよ。猫がそうするからって」

「で、何とか仲良くなった私達なんですけど、ピークちゃんは人間が怖かっただけで興味はあったらしくって、事あるごとに私を連れてご飯屋さんとかアクセサリー屋さんに行きたがって」

「ふふ、それで昔は私みたいだったって事なのね?」

「そーですそーです。どうせ私は人見知りの臆病者ですよーだ」


 恥ずかしい過去を赤裸々に語られ、少しヘソを曲げるスピカ。

 そんな桃色の髪の子猫に、振り回し振り回されの関係を続けるリアラが腕を回す。


「だから、魔王様が髭をピンとさせる気持ちも、ピークちゃんには判るんですよ。だから注意するのにも神経使っちゃったんですよ。ねぇピークちゃん」

「わ、私お髭なんて生えてませんよっ!」

「いや興味津々な時のたとえよ。猫ってそうらしいから。私も見た事ないけど」


 何故か猫基準でたとえるリアラの言葉を翻訳しつつ、スピカは彼女の腕の中で人と湯の温もりを同時に堪能する。


「はあ、魔王様が最胸さいきょうだけど、アラちゃんも大概よね……良いなあ」

「んー付き合いが長いだけに何を言わんとしているのか判ってしまう」

「今回のは私も判ります。目線がとてもお喋りだもの」


 スピカの視線はまっすぐリアラの湯を弾く胸元に向かっている。身長も小さくスリムなスピカには、2人の豊満な肉付きには憧れを覚えてしまうのだろう。


「ピークちゃんのほっそい身体、私は羨ましいけどなぁ」

「うふふ、スピカちゃんはまだまだこれからでしょう?」


 森精族エルフであるスピカは、人間の寿命に換算すればまだ12歳程度。心身共に、成長に限界を感じるのはまだまだ早い。


「私も魔王様みたいにばいんばいんになって、モテた……いや。別にモテなくてもいっか? 恋愛にうつつを抜かして魔法の勉強が疎かになるのもなー」

「どしたの突然冷静になって」

「うふふ。真面目なスピカちゃん。げいるーくんみたいに可愛いですね〜」


 勉強熱心で真面目なスピカに従者の面影を感じ取ったのか、魔王は言いつつリアラに縋りつく彼女を後ろから抱き締める。


「っとと、そうだ。いるるんとも情報共有しないと。特に夜は危ないって聞いたし」

「今通信するの?」

「お、お風呂上がりで良いではありませんか?」

「良いじゃん、魔王様に関してはいっつも甘えさせようとしてるんだから。何なら映像も繋いじゃう? 1人ぼっちで海を見ててもらったご褒美に」


 言いつつ、音声のみの通信魔法を起動して魔王の従者、今は1人海辺の見張りをしているゲイルと話そうとする。決して簡単な魔法ではないのだが、それを片手間でやってしまうのがスピカの実力だ。


「あ、あれ?」

「どうしたの?」


 陣を描いていたスピカの指が止まり、2人は首を傾げる。



「いるるんとの通信が、繋がらない……」

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