マ魔王様はお騒がしい?


「はじめに、私達が前入りして見た情報を共有しておこう。最近はこの街の民が、自発的に夜間の見回りを強化しているらしい」

「それに、陽が沈む頃にはこの海を立ち入り禁止にしている様なのです。もしかしたら、失踪した人はこの海を最後に足跡を絶っているのかも知れません」

「調査に於いて早い段階から確定するのは良くないから、可能性程度には頭に入れておこう。それに、民への聞き込みに使える情報だ」


 いつも通り気の緩んだ顔合わせから一転。真剣な話し合いが始まる。

 魔族2人とフレイの切り替えに耳がキーンとなりそうになるスピカであったが、そこでふと友人の様子が気になった。


「どしたのアラちゃん。なんか上の空?」

「え、ううん。何でもないよ」


 かぶりを振ってリアラは話し合いに参加し「じゃ、取り敢えずは街の人に聞き込みですかね?」と提案する。


「んだなあ。何にするにしても、情報がなけりゃ行動のしようがねぇど」

「では。早速行きましょうか!」

「王よ。観光ではありませんので、その辺りのご自覚を」

「判っていますからっ!」

「そのカッコで判ってるって言われてもね……」

「くれぐれもお気をつけて」


 ゲイルは魔に染まった血をその身に流しているためか、肌の色も青く魔族である事を誤魔化し切れない。

 そのため、彼は1人この岩礁に残り異変がないか監視する事にするらしい。


 そんなこんなで勇者一行プラス魔王という、彼等からすれば慣れたがやはり客観的に見れば珍妙という言葉では片付けられない様な五人組は、揃って街へ繰り出す事となった。




「ま、まあ! 皆さん凄いですよこの果実! キュッと酸味が突いてくるのに、ほんのり甘くて美味しいんです!!」

「うわあ早速やってるよ」

「しかも何かいつか聞いた事ある感じの食品レビューだわ……」

「おおパインか。懐かしいなあ。昔食った事あるど」

「…………」


 人通りのある街へ移動して5分と経たない頃。魔王は早々に人間達の営みに舌鼓を打っていた。

 だがそんな燦々と明るい魔王の姿は市場の者には良い刺激になったらしく、彼女の姿を目を細めて眺めていた。


「いやあ。お嬢ちゃんは良い反応してくれて食わせ甲斐があるねぇ! ウチの女房と倅にも見習わせてぇよ!」

「おう目深のお嬢さん! 今度はこっちの魚もどうだい!」


 そんな明るい振る舞いが功を奏してか──‬或いは災いしてか──‬、魔王には早速『目深』という渾名が商人達によってつけられた。


「ま、魔部下じゃなくて魔王なんですけどね」

「上手い事言ってる場合???」


 フレイが周囲に聞こえない様言うのを聞いて、スピカはぺしっとその大きな背中を叩く。


「いやあ嬉しいねぇ。例の『海の声』の一件以来、どんどん観光客が減ってったもんだからよ、こんなに嬉しそうにウチの品物食う子は久々なんだわ」

「海の声、ですか?」


 市場の商人が口走った言葉に、魔王が首を傾げる。


「知らねぇか? このところ夜の海から妙な音が聞こえてくるって噂話。元々この街は海の景観や海産物で成り立ってるから、噂が広まっちまって商売になりゃしねぇんだよ」

「なるほど。こんなにも良い街なのに、頭の痛い話ですね」

「そりゃもう激痛さ。幸いこの街の建物はみーんな、近辺で採れるっつう白渓石はくけいせきで建ててるから、安全だって確信はあるんだがね」

「何で安全なんだあ? 耐魔力のある鉱石ってわけでもなさそうだけんど」

「防音性が高いのさ。教会なんて凄いぜ。特別分厚い造りだから、中の聖歌は漏れねえし外からの音も遮断されるから懺悔の言葉も他人には絶対聞こえねぇ」

「ま、その防音性を悪用した前の神父が懺悔に託けて金と性を貪ったせいで、今は正式に仕切る役がいねぇんだけどな」


 海辺の街という景観を崩さぬために白い建物ばかりなのかとフレイは考えていたが、どうやらその素材も特産品らしい。


(海の声に、白渓石か)

「なあガロッサ」「あの、皆さん」


 フレイがガロッサを呼ぶのと、リアラが皆を集めようとしたのは同時であった。

 5人は一旦市場の端まで歩き、輪を作って相談事を始める。


「リアラ、先良いよ」

「はい。その、大変申し訳ないんですが……聞き込みの方は皆さんでやってもらえませんか?」

「どうしたのですか? どこかお身体に不調が?」


 珍しく俯き気味になるリアラの肩に、魔王はそっと手を乗せる。


「いえ、私は大丈夫なんです。けれど、明るい声が街に響かなくなり教会に神父様もいらっしゃらないとなると、きっと不安に身を切られそうになっておられる信者もいるはずです。なので、暫くの間ここの教会に身を置いていたくて。力を合わせて事件を解決する事がエインカイルの『明日』のためになるのは判っているんですけど……私は、今日を生きる民の不安を取り除く風を吹かせたいんです」


 リアラはギュッと胸元で手を握り、琥珀色の瞳を潤ませる。

 それを見た一堂は、互いの顔を見合わせて頷く。


「リアラ。キミは自分を『変わりものの神官』だとか『信徒失格』なんて言うけど。今のキミの表情かおは、立派に信徒を憂う神官のそれだ。それを止めちゃ、女神の力を受けた勇者を名乗れないよ」

「そーそー。アラちゃんがいなくても、私とガロッサが天然コンビの手綱引いたげるからっ!」

「不安な民を放置しちゃあ、勇者一行じゃねえど! 行ってこい!!」


 旅仲間の3人が、晴れやかな表情でリアラの背に追い風を吹かせる。

 リアラは深々と4人に頭を下げ、海岸線に見える一際大きな建物へと駆けて行く。


「ふふ、立派な神官様ですね。私の役目を取られた気分」


 魔王──‬否、マクシミリアムという女性も慈愛の心に満ちている。そんな気持ちを逸早く行動にして見せたリアラに、そんな爽やかな羨望を月星の視線に乗せる。


「で、フレイ。俺に何か用かあ?」

「ああ。実はちょっと頼み事がな──‬」

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