いざ海辺の街へ


「さぁーて! やって来ましたは南方に位置する海辺の街エインカイル! ここの目玉といえば、兎にも角にも青く広がる広い海!! なんだけど……」

「今回は事件の噂を聞いてやって来たんだ。遊ぶならそれが終わってからだど」


 白い石製の建物が並び、その向こうに青と青の水平線を臨む街、エインカイル。

 勇者フレイ達一行はその街へとやって来たのだが、早速森精族エルフの魔法使いスピカはそのツインテールが地に着かん程に肩を落としていた。


「まあ、観光客が多い街だからな。街も海も綺麗だし、そういう気分になるのも仕方ないよな」

「ですねぇ。でも今は例の事件が影響してるせいか、少し静かな感じもしますね」

「んだなあ。さっき通ったのは市場だったが、客寄せが全然来なかったど」


 一行は街の様子に陰鬱な印象を受けながら、街の敷居をくぐった足で海辺に向かう。

 別に遊びに来たとかではなく、街外れの岩礁で待ち合わせている人達がいるからだ。


「あ、いらしましたね!」

「今日は4人総出か。頼もしいな」


 寂しげな岩礁に佇んでいたのは、大層器量の良い人魔族レイナーの女性と鳥魔族ハルピュイアの男性。

 当代の魔王、マクシミリアム・マグノリアとその従者ゲイル・ルゥだ。


「ん、んん? ミリア、今日はいつもと違う風体だね?」

「ああ。何というか……浮かれてるっつうんか?」


 魔王の姿を付近で捉えた男性2人は、首を傾げ遠回しに感想を述べる。

 魔王の服装は白いワンピース。長い夜空色の髪もアップに纏めて、日差しから目を守るための黒眼鏡を頭にかけている。スカートの丈も短く、今にも海で水遊びでも始めそうな格好だ。


「あ、あら? 観光客に紛れていた方が自然かと思ったのですが」

「手法としては間違ってないけど、僕等は勇者の一行として事件の調査に当たるんだから、こそこそ嗅ぎ回る必要とかはないんじゃないかな」

「そーよそーよ。魔王様、忘れてるかも知れないけど、こいつ一応勇者様だからさ」

「一応……」


 勇者らしいカリスマ性といったモノに縁遠いフレイに対し、普段からスピカは厳しい。

 だが彼が魔王の事を『ミリア』と呼ぶ様になってからは、その厳しさに拍車がかかった気がしないでもない。


「というかそもそも、服装だけじゃ魔王様の角は誤魔化せませんよね?」

「うんむ。魔王の角は名刺みてえに目立つからなあ」

「そうだな。というわけで王のために用意しておいた対策がこちらになります」


 神官リアラと戦士ガロッサが魔王の側頭部に生えた角について言及すると、ゲイルがどこからともなく円盤状の何かを取り出す。


「それは、帽子かしら? 全面につばが伸びてるけれど」

「ええ。麦わら帽子と呼ばれる、暑い土地で被るための物だそうです。少し大きめにしてあるので重いかも知れませんが、付近で見られなければ角はしっかり隠れます」

「従者っぷりに磨きがかかってるわね、いるるん」

「確かに。それにしても魔王様、はちゃめちゃに似合っていますね」

「うふふ。そうですか?」


 リアラに褒められた魔王は、帽子に手を添えてくるりと回る。

 スラリとした腕と脚を出し、涼しさを重視してか低くなった襟からありありと露出した胸元。

 その姿だけ見れば、魔族でなく浜辺の魔性とも呼ぶべき女性のそれであろう。


「ほんと、ビックリするほど似合ってるよ」

「まあ嬉しい。うふふ、フレイに褒められると、特別嬉しい気持ちになってしまいますね。どうしてかしら?」

「ほぉ〜〜〜〜ん???? これはもしや甘酸っぺえやつか? 甘酸っぺえやつなのか???」

「ピークちゃん口調が変だよ」


 自身の髪と同じくらい頬を赤くするフレイに向けて、好奇と怪訝を入り混ぜた視線をぶつけるスピカ。


「……さて。では今回の動きを話し合いましょうか」

「おはいつも平常心だなあ、ゲイル」

「ガロッサさんも大概ですけどね」

「アラちゃんも大概よ」


 平常心の擦りつけ合いもそこそこに、勇者一行と魔王によるこの街を騒めかせる『エインカイル連続失踪事件』の共同調査にかかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る