番外編
マ魔王様vsKOTATSU 時間無制限一本勝負
「お邪魔しまぁ〜す」
誰がいるでもない部屋に、魔王マクシミリアム・マグノリアがそう言いつつ入る。
『魔王様に私のマジックアイテム試してほしいんだ〜。だから今度うちに来てよ』
知り合いの
「もう。げいるーくんも酷いですっ。フレイくんやガロッサくんに会ったからって、剣の稽古始めちゃうだなんて」
形の良い輪郭を丸まらせて、魔王は頬と金銀のオッドアイに柔らかな怒気を含む。
今この家にいるのは、客人であるはずの魔王1人。従者であるゲイルは勇者と剛腕戦士との稽古に出向き、神官は教会の手伝い。彼女を呼びつけた魔法使い本人すら、用事があるからと出かけてしまっている。
寂しくて独り言が増えてしまう魔王は、夜空色の長い髪をふりふりして広めの部屋を見渡す。
4人の勇者一行が共同で住まいにしている家。そのリビングのど真ん中に、知り合いの森精族──スピカが開発したと思しきマジックアイテムは在った。
「ん? 靴は脱いでね?」
そのスペースに鎮座していたのは、背の低いテーブルと、それにスカートを穿かせる様な形で敷かれた毛布。
どういうわけか、テーブルの足元は普通のカーペットとは違う、緑の枠に乳白色の床が敷かれている。
取り敢えずテーブルに置かれたメモ書き通り、魔王は靴を脱いで床の上に立つ。木か何かを編んで作られているのか、床は妙な感触がして少しだけ擽ったい。
「何だか落ち着く香りがしますね」
床のせいか、その辺りには独特の香りが漂っていた。
それを楽しみにしつつ毛布の中に脚を入れる。傍に四角形の平たいクッションがあったので、尻が痛くならない様その上に座る。
「えぇっと。このスイッチを押せば良いのね?」
KOTATSUと書かれたスイッチをオンにして、魔王は1人四角形のテーブルの一角を占拠する。
『テーブルの上に置いてあるのは食べたり飲んだりして良いからね』
「と、スピカちゃんに言われていましたね。では遠慮なく……」
テーブルに置かれた籠には、橙色の皮をした果実が積まれている。
オレンジかと思ったが、少し小振りだ。それに軽く持った感じ、オレンジよりも柔らかい。
魔王は何故か本能に駆られて、凹んだ部分から指を入れて皮を剥く。
バナナの皮を剥く感覚で、正体不明の果実の皮を八つ裂きにする魔王。白い繊維状の物も丁寧に引っぺがしている間に、魔王は太腿より下の部位に温もりを覚える。
「な、何でしょうこれ? テーブルの下に、発熱機関があるのでしょうか?」
よく見ると、KOTATSUの毛布内が燃える様に赤くなっている。だが熱いという感覚はなく、寧ろ心地良い温かさに脚部が包まれる。
「こ、これは凄いです……! まるで『温もり』という概念そのものに抱擁されているかの様な……ッッ!」
魔王の独り言レビュー(星5つ)が部屋内に響く。肌寒いこの季節に、この温かな発熱。しかも厚手の毛布がそれを逃さぬ様に被せられている。
筆舌に尽くし難い快感と同時に、魔王の胸には対抗心が燃え上がる。
「いいえ、私が……私こそが万物を抱き締め包み込む、慈愛の魔王。このアイテムには──KOTATSUなどには、絶対に負けませんとも!!」
そうして、魔王vsKOTATSUの熱い闘いが始まった。
「まあそれはそれとして。この果物をいただきましょう」
先程剥いたオレンジ的な果物をシュッと分け、一欠片口に入れる。
「あんまぁ〜い! オレンジとは酸味と甘味の配分が違っていて、爽やかな甘みが口の中で弾けていますっ!」
口の中に広がる果汁の甘みに、魔王は頬に手をやって舌鼓を打つ。スピカの故郷の特産品なのだろうか、こんなに美味しい果物は食べた事がない。
あっという間に食べ終えてしまった魔王は、少し水分が欲しくなる。
テーブルの上には、背の低いティーポットの様な物と変わった形のカップ。
少し凹凸の入った持ち手のないカップに、ポットの中身を注ぐ。浅く緑の入った液体の様だ。
スピカが魔法で何かしたのか、その液体は細やかに湯気を吐きながらその温度をアピールしている。
「まあ、スピカちゃんが変なモノを置くわけもないですし」
その液体の色に躊躇してしまう魔王であったが、用意したであろう知人は信頼できるし、万が一他の誰かに毒を守られていたとしても、相当強い毒でなければ自分には効かない。
勇気を出して、その液体を飲んでみる。
カップが滑り落ちない様、左手で底を押さえて内容物を舌に乗せる。
「お茶、ですかね。普段飲む物よりも渋みが目立ちますが、仄かな甘さがそれ等を美味しさに昇華させていますね。素朴ですが中々……」
緑のお茶は中々に趣き深く、未知の果物に興奮していた心が落ち着く。
「はぁ〜、ご馳走様でした。あふ……ふわぁ」
お茶を一杯飲み終えて、魔王はふと欠伸をしてしまう。
口元を押さえていた手を毛布の中に潜り込ませ、全てを抱き締める様なKOTATSUの温もりを求める。
「いけません……眠っては。眠っては、負ける……負けちゃいます。魔王である私が、負けるわけには……」
そうは言いつつも、魔王はうつらうつらと身体を揺らし、目蓋も落ちかけている。
KOTATSUになんて絶対負けない、屈してなるものかと睡魔と格闘して数分。
魔王の意識は、KOTATSUという名の底なし沼に浸かりかかっていた。
「あぅ……もうダメです。逃げてげいるーくん……KOTATSUには、KOTATSUには勝てません……っ」
ぱたり。
KOTATSUの心地良さに負け、身体を倒して眠りこけてしまう魔王。
魔王vsKOTATSUの仁義なき闘いは、魔王の敗北に終わったのだった。
「むにゃ……てへへ」
「あ、魔王様寝てるー」
「うわぁ、魔族の王がごろ寝してるよ」
勇者一行が帰宅し、KOTATSUに完全敗北を喫した魔王の姿を発見する。
フレイが苦笑しつつその傍らに屈み、寝顔を覗く。
魔王の寝顔はとてもその強さや肩書きに似合わず、幸せそうに蕩けきっている。
「王よ。KOTATSUで眠ると、温度差や発汗により体調を崩す恐れがあります。起きてください」
「何で初見のいるるんがKOTATSUの危険性を知ってるの!?」
おわり。
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