エピローグ されど共存の意志を忘れる事勿れ。
「というわけで、
「私達、何かできましたかね……?」
製本の街ルフィン郊外、魔王のキャンプにて。
紅葉舞の森へ向かった3人は、情報を寄越したスピカに事の顛末を話していた。
赤髪の森精族達は排他的な暮らしをやめ、
お陰でちゃんとした弓を持てる様になった、とは森を出る前にナシラが言っていた言葉。流石に植物の蔓を使った弓には不満があったのだろう。
「我々が森に入ったからこそ、バルミュエルは酋長と我々を会わせてくれたのだ。或いは我々の干渉がなくとも森の開放はなされたかも知れんが、それを早められたのなら行った意味はある」
「そうですね。それに、私もあんな環境があるという事を知れて良かったです。まさか人類側と魔族で子を宿す種族がいるなんて、想像していませんでした」
「それはそーね。森精族に女性がいなかったのはなんのなーく判ってたけど、まさかそんな方法で子孫を残していたなんてね」
人類側と魔族間の子作り。そんな概念はその場にいる誰も知らなかった。
まだまだ世界は広いと、齢150を超える魔王は痛感する。
そして1つ。魔王は不安を覚える。
それは──この場にいる誰もが、自分よりも早く死ぬであろう事。
自分がまだまだ動ける時期に、そこにいるスピカもリアラもゲイルも、間違いなく自分の前からいなくなってしまう。
そう考えるととても寂しくなり、魔王は輝く瞳に悲哀の影を落としてしまう。
「魔王様、私達の事、忘れないでくださいね?」
「んふふ、そうね。私は魔王様が皺だらけになるで生きるつもりだけど、それまでにいっぱい思い出作るつもりだからねっ」
魔王の悲しみを読み取った2人が、そう励まして紅葉舞の森特産の赤い果実を食べる。
酸味の強いその味に2人は目をキュッと瞑り、しゅっぱいしゅっぱいと可愛らしく笑う。
(そうですね……。先に亡くなられるからと言って、関係を薄くしてしまっては今回の調査から何も学んでいないと同じ。それにその様な行い、王としてするべきではありません。私達で築いたこの『小さな理想の世界』を、私が全力で楽しまなければなりませんね)
魔王の理想は変わらず、人類側と魔族の共存。
その理想の世界には、魔王や森精族の酋長と同じ悲しみを抱く者も多く現れるのだろう。
それでも──それだからこそ。魔王はその世界を楽しんで生きるべきなのだ、と自分を叱咤する。
「王よ。1つよろしいですか」
「はい、何でしょう?」
従者であるゲイルが、荒野の真っ只中に置かれた椅子から立ち上がり、跪いて発言を乞う。
「私は確実に、貴女よりも先に死ぬ事になりましょう。ですがこの生命ある限り、貴女の野望を叶えるべく力を尽くしましょう。ですから、私の事を……貴女の中に生き続けさせてください。それが私にとっての、至上の幸福です」
ゲイルは魔王の金銀の瞳をじっと見つめ、そう願う。
主人たる魔王のために、身命を賭して全力を尽くす。
従者の従順な姿勢に、魔王は────。
「もう!! げいるーくんったら本当に可愛いんですから!! 乗ります? やっぱり膝の上乗りますか?? 愛の証示しちゃいま──「いいえ。私は遠慮しておきます」
それでもブーデンとミザールが行っていた様なスキンシップは断り、ゲイルはスンっとテンションを落ち着けて椅子に座り直す。
そんなゲイルの姿に、魔王も「はい」と急上昇したテンションに冷や水をかけられた様に落ち着き、人類側の2人は相変わらず面白いと大爆笑。
「でも不思議ですよね。大体の種族って○○族って感じのネーミングなのに。人間は『人間』なんですよね」
「む。言われてみれば、確かに不思議だ」
「人の間……。『人類側』という呼び方をする割には、どこか中間的な響きがありますね」
「うーん……。でもそういうネーミングって、意外と適当だったり地方の呼び方をそのまま使ったりするし、あんまり気にしても仕方ないんじゃない?」
そんな雑談をしつつ、4人は荒野の只中で茶会を楽しむ。
そしてゲイルが思い出したかの様に顔を上げ、魔王の方に視線を送る。
「王よ。そういえば少し気になる情報が」
「はい、何でしょう?」
「ここから南へと下ったエインカイルという海辺の街で、人間の連続失踪事件が起こっているそうです」
茶会の話題にしては物騒な発言に、魔王は驚きスピカとリアラはあっと目を見開く。
「それ、ラケルスの
「うーん、少し気になりますね」
「次の行き先は決まりましたね?」
魔王がおとがいに手を当てていると、リアラがニコリと余裕のある笑みを見せる。
「そうですね。数日のうちに旅立ちましょう。目的地は、海辺の街エインカイルです」
森の問題を解決したと思えば、今度は海へ。
そんな忙しない日々を送る魔王は、種族の違う友人達とのささやかないとまを楽しむのであった。
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