赤い花を君に捧ぐ


「さて、ここですよ」

「これは、墓標……でしょうか」


 バルミュエルの案内により、少し開けた狭い場所に出る。

 そこには幾つかの石碑──‬墓標と思しき物が建てられており、その静けさや森の奥という位置も相まって荘厳さを感じる。

 落ち葉1つ落ちていないその場所を、魔王は墓標に目を落としながら歩く。


「その通りでございます。ここは──‬森精族エルフと愛し合った森魔族オークの墓場です。森魔族は森精族よりも寿命が短いですから、愛した男の遺体を『中立地帯』である蟲魔族セクタス領域で弔い、時折会いに来れる様にしているのです」

「墓標は10に満たないくらい……。だけど、これと同じ数の森精族が、森魔族を愛したのよね」

「そう、なのか……。こんな場所があるなんて、知らなかった」


 そう呟くナシラを横目に見ながら、バルミュエルも墓場を歩き墓標に刻まれた名を1つずつ確かめる。


「あった。これだね。ご覧ナシラ。キミの父君は──‬ここに眠っているよ」

「なっ──‬!」


 その場にいるバルミュエルとクティーグ以外に、緊張が走った。

 バルミュエルはいつもの薄笑みを潜め、クティーグは困った様に身体を低くしている。


「真実に白も黒もなく、それに善悪の色を塗るのは我々だ。だからこそ僕は嘘を吐かない。隠し事はするけどね。でもナシラ、キミは真実を受け止められる人だと判断したよ」

「ああ、秘密にしていた事を教えてくれた。その事には深く感謝している。ありがとう。だが……」


 単身森魔族の領域に入り込もうとするなど、やや無鉄砲な部分が見えていたナシラ。

 だが彼女には彼女の矜持がある様で、父の死を知ってなお誰かを恨もうなどとは思っていないらしい。


「だが……生きている父上のお顔を、一瞬でもこの目に焼きつけたかったな……」


 ナシラは凛とした目に悲しみの色を乗せて、絞り出す様に呟く。


「ナシラ様。私は貴女の父の事はよく知りません。ですが、貴女の森精族としての誇りに満ちた出立ちを見れば、きっと幸福に思っていただけますよ」

「ああ……うん。ありがとう、リアラ……だったか」


 リアラは神官として、親を亡くしていたナシラの心に寄り添う様にして優しく笑う。

 そんな神官の優しさにナシラも微笑み、恭しく頭を下げる。


「もしもっと早く会いに行こうと思えば。そんな考えも起こる時があるかも知れません。ですが、貴女が会いに行こうと思い立ち、行動した事によってここへ辿り着く事ができました。お父様はきっと、その事だけで満足に思ってくれるはずですよ」


 魔王もナシラの肩に触れ、輝く瞳を閉じて祈る様に手を胸に当てる。


「ふふ、魔王も優しいのだな。ありがとう。そうだ、少し待っていてくれ」


 そう言い残すと、ナシラは来た道を戻り森の中へと赤い髪を紛れ込ませる。



 10数分経って戻って来た時。

 ナシラは1輪の赤い花を小さな手の中に握り締めていた。

 そして徐に父親の墓前まで歩き、跪いて花を添える。


「父上。ようやくお会いできましたね。これは私の好きな花です。森の外では青い花弁をつけるそうですよ。私はいつか、この目で確かめたいと思っています。できれば父上に、見守っていてほしい」


 花と共に言葉を添えるナシラ。

 その様子を遠巻きに見ていた魔王の耳に「たくさんの客を連れ込んだ様だな、バルミュエルよ」と低く頼りない声が聞こえてくる。


「この森も変わる時が来たのかも知れませんよ──‬酋長様」


 愛に生きた森魔族の墓に現れたのは、森精族の酋長。

 リアラが会った時よりも幾分その雰囲気が柔らかく、そしてその手にはナシラが摘んだ物と同じ花が携えられていた。

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