ストレンジャーズコミュニケーション


「今ご覧になったでしょう? 僕は個体であり群体。羽虫程度の大きさが何億も集まって構成されてるのです。普段は身体の一部を森全域に飛ばして、監視しているのですよ」

「なるほど……。バルミュエル様のお力で、森の秩序を保っている、と」


 背中にゲイルの声を受け、首をそちらに向けて肯定する。

 バルミュエルの薄笑みを浮かべた顔は、どこか超然とした何かを感じてしまう。

 今まで出会ったどんな魔族よりも、ベクトルの違う強さを持っているとゲイルは確信する。


「ですが、こうして面と向かって会うのははじめてですね、バルミュエルさん。私が当代の魔王、マクシミリアム・マグノリアです」

「これはこれは。たかが上級魔族の1匹に、丁寧な言葉を使うものではありませんよ、魔王様。僕は他者を騙す事を好みますが、尊敬する者に関しては話が別です。貴女達の様に面白い方々は特に、敬いたくなってしまいますね。いや本当に」


 バルミュエルは少し大仰な所作で魔王に跪く。

 軽薄で信用を置けるかどうか判別のつかない人柄ではあるが、最低限の礼儀は弁えているらしい。


「『本当に』って念を押されると胡散臭さ増しちゃいますね……」

「判るけど口に出さない方が良いわよ?」

「んだなあ……」


 リアラがあまりにも本音を包み隠さないので、苦笑するミザールが助言する。


「というわけで、皆様を真実に案内したいところですが──‬そこにいるキミはまだ『鑑定』が済んでいないよね?」

「クッ…………!」


 魔王に向けられていたバルミュエルの目がその後方へと移り、数匹の羽虫が悍ましい程の速さで飛ぶ。

 羽虫は1本の木に群がり、その太い枝葉の中に隠れていた森精族エルフの少女を発見する。

 少女は誤魔化し切れぬと見たか枝から飛び降り、鬱陶しそうに羽虫達を手で振り払う。


「おやめくださいバルミュエルさん。この方は昨日……」

「そうですね。昨日僕の可愛い部下に境界越えを打診した森精族の、確か名は……ナシラだったかな?」

「そうだ。私はナシラ。父のお姿をこの目に焼きつけたいんだ」

「…………」


 観念して魔王達の集まる地点へ手を挙げつつ歩み寄るナシラ。彼女の放った言葉に、ブーデンが頬を掻いてどこか困った様な顔をする。


「まあ、魔王さまに免じてキミも来ると良いさ。クティーグ、昨日のゴタゴタは水に流してくれるね?」

『我ガ主人ノ命令トアラバ』

「よろしい。さ、案内するよ。真実の在る場所へ」


 言ってバルミュエルはくるりと身体を180度回転させ、ゲイルの肩を通り越して紅葉舞フレイムリースの森を北上し始める。


 何かを含んだ様な薄笑みを浮かべ続けるバルミュエルであったが、その中にチラリと見せたどこか悲しそうな気配が、ゲイルは少し気になった。



「リーダーの言う事を聞けて、みんなと仲良くできてえらいえらいですね〜〜」

『マ、魔王様……オ恥ハズカシイノデ、オヤメクダサイ……』


 一行は魔王がクティーグを褒めに褒める姿を受け流しながら、森を北へ行く。

 先頭を歩くバルミュエルが、くつくつと笑いながら後方の魔王に視線を向ける。


「ここに初めて来た時は及び腰でしたのに、随分と蟲魔族セクタスに慣れた様ですね?」

「に、苦手なのは見た目だけですから。それに、魔族はみーんな私の可愛い子供みたいなモノなので、愛を与える事には一考の余地もありませんよ」

「魔族はみんな、って言いながらもフレイ様を初対面から甘やかしてた辺りが魔王様って感じですよね」

「…………なあ、アンタ達」


 そんな取り留めもない会話の中。1人難しい顔をしていたナシラが、魔王やリアラの方に目をうろうろさせていた。


「何でしょう?」

「人類側も魔族も入り混じってんのに、何でアンタ達はそんな和気藹々としてるんだ? 普通もっとギクシャクするか、戦闘になるだろう? ていうかそもそもアンタ、魔王なのか!?」


 狩猟に使う短弓を握り締めながら、立ち止まったナシラは怯える様な目を魔王達にぶつける。

 そんなナシラに、魔王とリアラが身体がくっつく程に寄り添う。


「そうですよねぇ。初見じゃ何でこんなのなのか、よく判らないですよね。感覚麻痺してました」

「私達は変わり者ですからね〜。人類側とか魔族とか、そういう枠組みで個人を判断しない、って決めているんですよ」

「ふ、ふむぅ……。なる、ほど……?」

「そもそもここの森精族や森魔族オークは、互いの力を借りなければ子孫の繁栄ができない。そういう枠組みに意味なんてあるのかな?」

「むむむ……それは、確かに」


 ナシラの弓を握る手から、少しずつ力が抜けていく。

 どうやら変わり者達の説得に、納得してくれたらしい。

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