命は永く、根は浅く
ゲイルの放った言葉に、その場にいた誰もが驚愕の表情を見せる。
それもそのはずだ。この場にいるミザールを除いては堅物ばかりだと思っていた
「まあでもよお。子作りのためでなく夫婦として生きた森精族と森魔族がいるってえ話だろ? ねえ話じゃねえんじゃねえのか?」
「うーん……。前半はともかく、後の方はあり得る? みんなは実際に見てないだろうから何とでも言えると思うけど、私はあそこで育ったもの。その仮説がどれだけ突拍子のないものか、きっと私が1番感じているわ」
ゲイルの仮説に一部反論するミザール。この中で実際に森精族領域で生活していた経験があるのは彼女だけ。最も肉厚な思考ができるのはミザールだろう。
「失礼。ミザール、キミの歳はいくつだ?」
「え、今年で84よ。子を産むのは少し早いわね」
「森精族の寿命は400年。貴女が産まれるまでに何があってもおかしくはない。そうではないか?」
「それはまあ……そうだけど」
理解はするが納得はできない、という様子で眉を顰めるミザール。彼女の肌には、閉鎖的な森精族の習慣が染みているのだろう。
「それに森精族領域に住んでいた貴女だから、その土地が
「──ッ。それは……えぇ、そうね。確かに森魔族のみんなの力を借りて家を建ててもらった時、この集落の形が
「つまりよ、ゲイル。お前は何が言いてえんだあ?」
「もし私と仲間が立てた仮説が本当なら、森精族の閉鎖的習慣は、我々が思うより根の浅いモノかも知れないという事だ」
より根深い問題に突き当たった、ではなく。
自分達が考えるよりも根の浅い、歴史の浅い問題。
「そうであれば、2つの種族に寄り添っていただく事も、可能かも知れませんね」
「ええ。古くからの習わしであれば、我々が口を挟むのは憚られましたが。そうでないのであれば」
「私とブーちゃんが、大手を振るってこの森を歩ける環境を作れるの?」
「……まあ、森精族を説得できればの話だが」
たとえそんな環境ができずとも、ミザールは気にしないだろう。
だが森の中という狭い領域で、更に森魔族の支配する場所だけでその生涯を終えるのは、とても窮屈なのだろう。
ミザールも希望が見えるとその目を輝かせ、ブーデンに絡ませた手の力を強める。
「何にしたって、動き出すのは明日からですね。リアラさんとも直接お話ししたいですし、ここで議論を白熱させると、子供達の目が冴えてしまいますから」
魔王が眠った森魔族の子供の頭を優しく撫で、彼等を刺激せぬ様甘く小さな声で話し合いの終結を打診。
「そうですなあ……子供達は私どもで寝床へ運びましょう。魔王様とゲイル様には、空き家をご用意しております」
そうして魔族領域のささやかな歓迎は終わり、暗くなる
「ふむ……普通の蜘蛛と身体的に変わったところはあまりないんです? 内部重視なんですか?」
『ソウデスネ……。体ハ大キクナッタダケデス。脳ノ巨大化ニヨリ人ノ言葉ヲ話セル様ニナリマシタシ、毒モ複数種類混ゼテイマス。糸ニモ酸ヲ混ゼテ、触ルト危険ナ罠ニデキマス』
「はえ……怖い」
『デモ貴女ハ、毒モ糸モ吹キ飛バセルデショウ?』
「…………確かに?」
翌日の朝。
スピカを介して森の中間で落ち合う事を約束した、魔王とリアラ。
魔王達が到着する頃にはリアラは既に着いており、蜘蛛型の
「なにこれ」
「リアラさんは大物ですからね〜」
「魔王様よお……。その一言で片付けられるんですか? この状況」
ついて来たブーデンとミザールが、大半の人間が生理的嫌悪を催すであろう蟲魔族に平気で話しかけているリアラを見て、目を丸くしている。
魔王は蟲魔族への苦手意識もあってか、苦笑気味に『彼女が大物だから』という理由で誤魔化そうとする。事実リアラはその胆力で大体の事を乗り越えてしまうのだが。
「あ、皆さんおはようございます」
『ア……コ、コレハ魔王様ニブーデンの兄貴』
立ち上がって手を振るリアラと、バツが悪そうに挨拶するクティーグ。
「……?」
「おはようございますリアラさん。昨夜はちゃんと眠れましたか?」
「大丈夫です。ちょっと寂しかったですけど、眠くなったら眠れるんで私」
流石の胆力ではあるが、リアラは1人で旅に出た経験がなかったため寂寥を感じたのは仕方のない事。
その寂しさを埋めるべく、魔王はリアラの細い身体を抱き締めて「もう寂しくないですからね〜」と母性を発揮。
その姿にブーデンとミザールは「えぇ……」と軽く引き、クティーグはどこか羨ましげに見つめ、ゲイルはスルーして1人クティーグの方へ歩み寄る。
「ちょうど良いところに。クティーグと言ったか?」
『エ、ア、ハイ……』
カサカサと8本の脚を動かして、膝を突くゲイルと少し距離を取るクティーグ。
「我々の知りたい事を、蟲魔族が知っていると思ってな。訊きたい事がある。教えて……くれるな?」
『ヒィッ……!』
ゲイルの刃染みた鋭い眼光に、クティーグはビクンと身体を跳ねさせ震わせる。
その光景はまるで──睨み合う捕食者と被捕食者であった。
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