神官リアラの推察
「なるほど。領域を分けてこの森の中で共存している、と」
「共存などという立派なモノではない。住み分けというものだ」
──森に住まう3種族が一堂に介したあの瞬間から、1時間足らずの時が経った。
魔王は森魔族の歓待を受け、リアラも
温厚な森魔族に対し、蟲魔族は人類側を良く思っていないらしい。
そこでリアラは、例の少女の具合も気になったという理由で森精族の領域へ1人向かう事になった。
未知の土地で1人になるのは怖くはあったが、流石に取って食われる様な事はないだろうと領域へ入ると、森精族の酋長たる老婆に迎えられたというわけだ。
皺も多く背丈も縮こまった老婆ではあるが、狩猟民族であるためかその目の鋭さは壮年のそれと変わりない。
腰も折れてはおらず、消費するエネルギーを少なくして長命を保つため縮んではいるが、人間の老人よりも動きがしなやかだ。
この森の森精族は皆赤い髪をしているが、その色は長く生きると少し薄まる様だ。
「それも1つの共存という形だと思います」
「……そう、か。外の者と話す事は少ないから、参考になるわい」
そうは言いつつも、老婆はその鋭い目をリアラに向けようともしない。
老婆はこの森で最も高齢で、もうすぐ400になると聞いた。それ故凝り固まった思考には、若い──森精族基準だと幼いという表現が妥当だろうか──リアラの言葉も届くまい。
「神官様よ。貴女はうちの若い娘を助けてくれたそうだな。その行いに免じて、今日のところは飯も寝床も用意させていただく。だが明日からの事は知らぬ。あまり余裕のある土地でもないのでな」
「あ、はい。判りました」
それで会話は終わりだと、老婆は席を立つ。
判ったなら出て行け、と言外に表した老婆の態度を見て、リアラは酋長の部屋と呼ばれたその狭い家を出る。
(むぅ……確かにピークちゃんの言う通り、かなり強めに拒まれてしまった)
仲間にして友人のスピカが事前にキャッチしていた通り、この森の森精族は随分と他所からの介入を拒んでいるらしい。
交易も行っていない様で、今も何気なく集落の森精族を観察しているのだが、狩猟に使っているであろう弓も手製の物を使っている。
森精族特有の器用さを利用して木製の物を使っているまでは良いのだが、弦に木の蔓を利用している。いくら同じ読み方ができてもそれはないんじゃなかろうか、とリアラは頭の中だけで苦笑する。
「すみません。ちょっと良いですか?」
「え、あー……。何の用だ?」
その時近くにいた女性としては大きな身体をした森精族に声をかける。
まるで会話慣れしていない様におどおどしつつ、最低限の応対をする森精族。
「ここって物見櫓的な台はないんですか? 少し高いところに行きたいんですけど」
「あー、ないよ。我々は聴覚で外敵の侵入を察知するからな。ただ、森精族領域の端は少し高い丘になっている。木に阻まれていないから、森精族もあまり寄りつかないがね」
「ありがとうございます」
「陽が沈む前には戻る様にな。飯の用意もしているし、何よりこの森の夜は迷い易い」
「判りました〜」
比較的外交的な森精族で助かった、とリアラは手を振って家が建ち並ぶ集落から離れる。
先程の女性から聞いた通り、森の終わり際に小高い丘があった。狭い森なので大して歩かずには済んだが、それ故3つの種族が厳密に土地を分割するのは難しいのでは、という考えが浮かぶ。
「ふぅ〜」
リアラはあまり森が好きではない。否、好きでなくなってしまった。
風の女神を信奉する神官となって、屋内以外の風通しの悪い場所だと思う様に力を発揮できないからだ。先程少女の治療を何の問題もなくできたのだって、彼女の怪我が大した事なかったからだ。
それで風を浴びたくなり、高いところを探していたのだ。風に当たれば心が落ち着き、何となく思考もクリアになる。
その丘で瞑想していると、頭にピリッとした感覚が襲った。
「……えっと、ピークちゃん?」
『あ、アラちゃん。今アラちゃんだけ、よね?』
「うん」
スピカの通信魔法だ。
個人が発する波長を探知し、音声だけを飛ばしたり拾ったりできる高度な魔法だ。スピカはそれを、魔法学園都市ラケルスにある自身の工房にいる時にだけ使える。
『空いた時間に気になって走査かけたら、魔王様と離れてるんだもん。ビックリしちゃった』
「あー、うん。色々あってね」
『魔王様は森魔族の方に?』
「うん。森魔族さんは割と良い人っぽかったけど、確かに森精族さんは排他的な感じがするね」
『でしょ。怖いったらないよね〜。それにさ、なーんかもう1つ変なとこなかった?』
「あったよ。まだここの森精族さんを全員見たってわけじゃないけど──」
スピカも前回来た時に薄々気付いていたのか、彼女の方から気になる点の話題を持ちかける。
リアラも集落の様子を見て、何となく察しがついていた。
「──ここの森精族は、女性しかいないよね?」
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