オークとエルフのイチャイチャ劇場


「し、色欲大魔王……!?」

「いえ、王よ。ここは森精族エルフがいる事に驚くべきかと」

「いやあどっちも大概だし、ついでにお前も大概だよお」


 確かに森精族が森魔族オークの領域にいる事は驚愕の事態だが、魔王からすれば初対面の相手に色欲大魔王──‬端的に言えばエロ女──‬と言われれば驚くのも無理はない。

 それを驚くべき事ではないと言ってのけるゲイルも大概だぞと指摘するブーデンに、ゲイルは「そうか……そうか?」と首を傾げる。


「ブーちゃんもブーちゃんよ! そんな女にデレデレして、いつまでも手を握りっぱなし!! 私という女がありながら……ありながらぁぁぁぁ!!」

「デレデレなんてしてねえよお! 俺にはお前だけだあ!」


 びええと泣き出す森精族を見て、ブーデンがどかどかと彼女の元へ駆け寄る。

 そして膝から崩れ落ちた森精族を優しく抱き上げ、立ち上がって「愛してんのはお前だけだあ」と甘い言葉を囁く。


「げいるーくん。この状況は、一体……」

「うぅむ……。何なんでしょうか」


 突然始まった愛の劇場に、魔王とゲイルは取り敢えず理解を放棄し、テーブルに盛られたフルーツを食べる事にした。



「なるほど。本当に魔王だったのね貴女。種族単位で見れば敵だけれど、私はブーちゃんの味方だから、敵視はしないでおくわ。お名前は?」

「えっと、マクシミリアム・マグノリアといいます。あの、貴女のお名前は?」

「これは失礼をしたわ。私はミザール・アラクシエ。この森の森精族エルフ領域に住んでいた者よ。気軽にミザリーと呼んでくれて構わないわ」

「は、はい……」


 ミザールはフフンと翠の目を細め、強気な笑みを湛えて自己紹介をする。

 椅子代わりの切り株に座るブーデンの、大きな膝の上に座りながら。


「あの、どうしてブーデン様の上に座るのですか?」

「私がブーちゃんを愛し、ブーちゃんもまた私を愛してくれているからよ」


 やたらと『愛』の部分に強いアクセントを置きながら、説明になっていない説明をするミザール。

 だがその説明で魔王は納得したらしく、輝く瞳を突然従者ゲイルに向ける。

 槍の穂先でも向けられた気分になったゲイルは、嫌な予感がしつつも「どうしたので?」と訊ねる。それが従者の義務だ。


「げいるーくんも、私の膝の上に座ってくれて良いのですよ?」

「なるほど……そう来ましたか」


 ゲイルの予測とは違う軌道を描いて、魔王の言葉が従者に襲いかかる。

 魔王は目から愛の光線が溢れ出そうな慈愛120割の笑みを浮かべ、ゲイルに両手を広げる。


「げいるーくん、おいで。我慢しなくても──‬「いいえ。私は遠慮しておきます」


 主人の要求を一刀両断し、ゲイルは手を広げたまま目を点にする魔王と見つめ合う。


「フフフ……貴女達、主人と従者でありながら愛し合う関係なの? もしかして愛の主導権はそっちの従者クンが握っているの?」


 そんな魔王コントを見て愉快そうに笑うミザールが、猥談に片足突っ込みかけた言葉選びで冗句を放つ。

 ミザールの冗句に顔中真っ赤にした魔王。星ごと呑み込みそうな慈愛を持つ彼女ではあるが、特定の相手はいない。


「わ、私は生きとし生けるもの全てを愛しているのでっ、そそそんな、そんな関係を持つ方は……!」

「なーんだ、そうなの。それならいいわ。それで、貴女達はどうしてこの森へやって来たの?」


 2人が愛し合う関係でないと判り、ミザールはつまらなさそうに他の話題を提供する。

 魔王はコホンと咳払いして気持ちを切り替え、いつもの微笑みを浮かべる。


「私達は人類と魔族の共存を野望に、世界を見て回っています。その途中で人間の勇者達と交友を持つに至ったのですが、その1人から『この森の森精族にどこか違和感がある』と言われ、私達が調査に来たというわけです」


 その説明に、ミザールは先程のニヤケ面とはまた違う興味深げな表情になる。


「へえ、人類と魔族の共存。良いじゃない。私は周りの目なんて気にしないけれど、私達みたいに『運命の相手』が異種族である誰かが他にいるかも知れないし。それに……」

「それに?」

「いえ、何でもないわ。そういう話なら、ここの森魔族は反対しないんじゃないかしら。飽くまで森魔族は、だけれど……」


 ゲイルの指摘を流したミザールは、悩ましげに視線を逸らして言葉を濁す。


「取り敢えず、酋長と会ってもらうべきですなあ。魔王様とありゃあ、酋長も会ってくれると思うですよお」

「そうですね。では早速参りましょうか」


 先程までのコントや劇場はどこへやら。トントン拍子に話を進め、森魔族の酋長と顔を合わせるべくミザール以外の3人はブーデンの家を出た。

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