おいでよオークの森


 魔王達が紅葉舞フレイムリースの森を訪れてから、数時間が経った。


 森を住処とする全ての種族が集まった場の騒ぎは、森精族エルフの叫びによって急速的に静まった。

 というよりは、あの少女に魔族達が口を閉ざさざるを得なかった、というふうに魔王は感じていた。

 今はその場に居合わせた森魔族オークのブーデンからの案内により、魔王とゲイルは森魔族達の住まう領域へ案内された。


「いやあ、魔王様を迎えるには汚ねえ場所ですが……」

「いいえ。とっても立派な家屋ではありませんか」

「ええ。見事と言う他ありませんね」


 森魔族達は森の一部を切り拓き、伐採した木を使って家を建てていた。

 ドア代わりに獣の革を使ったログハウス調の家ではあったが、身体の大きな森魔族に合わせた家のサイズは、2人には快適過ぎるくらいだ。

 ささくれ立たない様にするためか、椅子とテーブル代わりの切り株にも革が被せられており、無骨な見た目とは裏腹に細やかな気遣いが見える。

 魔王達はブーデンの家に招待され、森の果物による歓迎を受けた。


「魔王様ってーと、この辺りでも噂になっとるですよ。叛乱起こした魔族を焼き殺したって」

「焼き殺してはいませんっ。確かに相当な数が集まっていたので、武力で鎮めはしましたが……」

「ゲヘヘ、やっぱそうですか。こんなめんこい魔王様が、多少の叛乱で皆殺しなんてするとは思えませんて」


 ブーデンは噂などアテにならない、とけらけら笑い飛ばす。こういう人柄が、蟲魔族セクタスにも慕われる理由なのだろうと納得する。


「げいるーくんどうしましょう。めんこいなんて言われちゃいましたっ!」


 魔王は噂の事など忘れてしまったかの様に、支配下にあるはずの魔族に可愛いと褒められて顔を赤くしている。夜空色の髪をゆらゆらさせながら、恥ずかしそうに身を捩る。


「ブーデン、といったか。王はいたくお喜びだ。これからも定期的に申し上げる様頼みたい」

「や、ちょ、やだげいるーくんってば。喜んでなんていませんよ〜!」

「何か……思ってた数倍ノリが軽いなあ」


 ゲイルの従者ジョークに魔王は若いノリでツッコみ、初見のブーデンはついて行けず頬を掻く。

 そんな魔王コントもそこそこに、本題に入ろうとゲイルがコホンと咳払いをする。


「その叛乱というのは、この近辺にあるアスファラス荒野で起こった事だ。キミ達の元には、真魔王軍と名乗る者は来なかったか?」

「あぁ……確か来てた気がすんなあ。中級の他所の森魔族が1人。『勇者と激しく戦った森魔族なら、我々に従え』つってよお。気持ちの良い奴等じゃあなかったなあ」

「真魔王軍への勧誘を断った、と?」

「おおよ」


 それを聞いた魔王は、金銀のオッドアイに慈愛の光を浮かべてブーデンの巨大な右手を掴んでブンブンと上下に振る。

 魔王の手はあまり大きくなく、森魔族の手を両手で握っても包み込めない。

 だがその小さな手に秘められた力は凄まじく、綿を持ち上げる様な感覚でブーデンの腕をぶん回していた。


「では、貴方達は私と同じ野望を抱いているのですか!? 同志ですか!? 同志ですね!!」

「おお、流石は魔王様。すんげえパワーだなあ」

「王よ。ひとまず落ち着いた方が良いかと」


 ゲイルに諌められ、取り敢えずぶん回すのをやめる魔王。だが嬉しい気持ちは本物らしく、ブーデンの手は離そうとしない。

 そのボディタッチと情熱を帯びた視線に、ブーデンは周囲を見回す様に首を動かす。色濃く赤い肌故に、その顔が紅潮しているのかは判断がつかない。


「まあ、森魔族を誘いに来るというのは『普通』の動きではあるか。何せ森魔族は、戦闘能力の高い魔族として有名だからな」

「そうらしいなあ。俺はこの森から出た事ねえから、よく判んねえけどよお」


 森魔族はその巨躯に違わぬ圧倒的パワーで、歴代魔王屈指の戦力として人類側を苦しめてきた。

 特に森魔族に時たま現れる上級の者は、魔王の側近──‬或いは魔王そのものとして勇者と血を流し合った。

 力の森魔族、速さの鳥魔族ハルピュイア、そして2つのバランスを高次元で保つ狗魔族ワウバンの3種族は、三大魔族としての地位を築いていた。


「フッ。そうだな。どこにでも『変わり者』はいる」

「魔王様達が1番の変わり者だもんなあ。ゲヘヘ」


 魔族でも屈指の戦闘能力を持つ種族である2人は、そうと思わせぬ程和やかな笑みを浮かべる。

 従者と同志が仲良くする姿が嬉しいのか、魔王は「お友達と仲良くできて偉い偉いですね〜」といつもの母性を迸らせている。


「で、だ。キミ──‬いやキミ達この森の森魔族が争いを好まぬ温厚な種族だという事は理解した。だが──‬」


 そこまで言って、ゲイルは闘気を籠めた眼差しを家の奥──‬恐らく私室に繋がっているであろう革の仕切りに向ける。


「そこでただならない殺気を放っているのは、何者だ?」

「ああ……」

「げいるーくん?」


 ゲイルの発言と腰の腱を抜こうとする姿に、ブーデンは頭を掻き魔王は不安そうに従者を見つめる。


 それから暫くの沈黙を置き、革の仕切りがばさりと捲れてその奥にいた者が姿を見せる。

 細い身体、白い肌、そして何より目を引くのは──‬紅葉舞フレイムリースの木々から放たれる霊気に染められた、紅い髪。

 間違いなく、この森で住処を分かつ森精族エルフだ。


 その森精族は長い髪で顔がよく見えない。ゆらゆらと幽鬼の如き足取りで3人のいるテーブルに近寄り、そして──‬涙で潤ませた意地らしい瞳を露わにする。



「私のブーちゃんから離れなさいっ!! この色欲大魔王っっ!!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る