生理的嫌悪を超越せしもの、それは母性


『キシ……コレハコレハ魔王サマ』

「なっ──‬魔王!?」

「貴女はこっち」


 一際大きな蜘蛛型の蟲魔族セクタスが魔王の元へ寄り、獰猛な毒の牙を口中へ収めて低い頭をより低くする。

 その隙にリアラは森精族エルフの少女へ近寄り、生傷の絶えない彼女の身体を癒すべく旗を広げる。


「何故彼女へ襲いかかったのですか? 貴方達に犠牲があった様には見えませんが」

『ソレハ……アノ者ヲコノ先へ通スワケニハ……』

「順序を追ってお話ください。私は貴方達を裁くつもりなんてありませんから」


 魔王の厳しくも優しい言葉に、騒つく蟲魔族達は静謐に身を染める。

 そして彼らの頭目たる大蜘蛛が、辿々しくも詳らかな説明を始める。


『コノ森ハ森精族ト森魔族オーク、ソシテ我々蟲魔族ノ3ツノ種族ガ暮ラシテイマス。森ノ西側ニ森精族ガ、東側ニ森魔族ガ、ソノ境界ヲ我々ガ収メテイマス』

「なるほど。そこの森精族の少女が、暮らす領域を越えたから攻撃した、と?」

『イエ。我々モ普通デアレバ多少ノ領域越エハ見逃シマス。デスガ……』


 大蜘蛛が口籠る。隠したい事があるのか、若しくは何か信じられないところがある、という雰囲気であった。

 魔王は大蜘蛛の様子に違和感を覚え、しかしあまり言いたくなさそうにしているので問いただせずにいる。

 が、ここで引き下がっては魔王の名折れ。ここは強硬手段を以って蟲魔族の口を割らせる事に決めた。


「大蜘蛛さん。貴方のお名前は?」

『ハ……? 私ハ“クティーグ”ト申シマス』

「はい、クティーグくん。貴方達はこの森の中心を護れて、とっても偉いのね〜」

『!? イツノ間ニ私ヲ抱イテイタノデスカ!?』


 魔王は足元で蟲魔族なりに跪いていたはずのクティーグを、彼も気付かぬうちに抱き上げていた。

 抱き合う形で持ち上げられたクティーグは、魔王の優しい抱擁にはじめは脚をワキワキ動かして抵抗の意を示していた。

 だがその抱擁の心地良さと全肯定センテンスにより、すぐに自ら魔王の身体へ脚を絡ませるまでに至った。


「きゃっ。クティーグくんの脚、ちょっとくすぐったいですね」

『ア……申シ訳アリマセン』


 クティーグはこそばゆがる魔王から自主的に離れ、前の2本脚で頭を抱える様な所作を取る。


「……魔族って愛嬌で身体を構成しているんです?」

「……いや? そんな事はないはずだが」


 クティーグの仕草がリアラに刺さったのか、ゲイルにそう訊く。彼女の目には、クティーグの複眼が恥ずかしげにキョロキョロしている様にも見えているのだろうか。


「えんらい声が聞こえたが、どうにかしたかあ?」

「む、森魔族か」

『アッ、ブーデンノ兄貴……今イラッシャルノハ』


 森の西から、間延びした野太い声。

 ゲイルの予想通り、木々の間から見えたのは、この森の葉と同じ色の肌をした森魔族。大きな身体にありったけの筋肉をつけ、細い目と毛髪のない頭もあってかなり威圧的な印象を受ける。

 右手には、片手で持てるのが不思議な程太い棍棒。あの筋肉量で振るえば、並の魔剣程度の破壊力は出せそうだ。


「あー……確かにガロッサさんと似てるかも」

「「そこなんですね(なのか)……」」


 あまりにも我が道を行くリアラの感想に、魔族2人が呟く様にツッコミを入れる。

 それはそれとして。せっかく森魔族とも会えたのだから、挨拶でもしようと魔王が森魔族に歩み寄ろうとした時。


「なあアンタ! 私の父を知らないか!?」

「──‬?」


 そう言い放ったのは、怪我を治療してもらい状況を静観していた森精族の少女。


 森精族が父の行方を森魔族に訊ねるという特異な状況に、来訪者である3人は同時に訝しむ様な表情になった。

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