マ魔王様の意外かどうかは議論の余地ありな弱点


 魔王が拠点としている場所から最も近い街であるルフィンは、大陸の南西側に位置している。

 王都が大陸の中央やや東辺りに構えているのもあり、大陸の西部はいわゆる『辺境』と認定されている。

 そのためか、偏見こそあるものの都会程魔族への警戒心には満ちておらず、魔王も行動し易くなっている。


 ──‬今回訪れる紅葉舞フレイムリースの森は、大陸のほぼ最南西部、フレイ達が拠点としている魔法都市ラケルスの真南に位置していた。

 大陸の南西にある海は人類に『魔海』と呼ばれており、その名の通り魔族が生物の大半を占める海となっている。


 それらの事実が示す事。

 魔海に程近いその森もまた、魔族の支配率が高い事。


 それらの事実に基づいてはいないが重要な事。

 それは──‬──‬。


「ひぃっ! た、食べられたりしません、よね?」

「当たり前です。蟲魔族セクタスは肉食も多いですが、彼らは普通の虫を糧としています。人などの大型種を襲うなどありません。よしんば魔王となれば、食うなど万死に値します」

「……おお。意外な弱点」


 魔王が、虫を苦手としている事。

 ここより遥か北にある、魔族の支配度が高い領域で産まれた魔王は、虫系の生物に出会った事が殆どなかった。

 それ故愛すべき生物の中でも虫はその造形が苦手であり、色んな意味で最強生物とも呼べる魔王の唯一最大の弱点であった。


 今回魔王達と同行しているのは、神官リアラ。

 スピカは森精族エルフと魔王達を繋ぐパイプ役になり得たのだが、自身の魔法研究を書籍化するのに忙しいらしく、今回は同行を見送った。


 そんな魔族2人人間1人の一行は紅葉舞の森に入り、その名の通り年中紅い葉をつける木々の合間を縫って森の中を進んでいた。

 魔王はその柔からな身体を惜しげもなく従者に押しつけてその腕を握り締めている。

 そこに何の感情も湧かないのか、はたまた魔王を安心させるためかいつも通りのゲイル。そしてリアラはその姿を見てケラケラと笑っている。


「リアラさんは虫が苦手でないので……?」

「まあ、子供の頃は森が遊び場でしたから。虫は苦手じゃないんですよ。多少大きくても怖くないくらいには」

「おつよいっ!!」


 リアラの年齢に不相応な肝の据わり方は知っていたが、まさか蟲魔族にも驚かないとは。魔王は心の奥底からリアラを尊敬する。


 蟲魔族というのは、姿そのものは普通の虫と大差ない。蜂や蜘蛛といった姿の者からカブト虫やクワガタ虫の様な姿の者もいる。

 だが普通の虫と圧倒的に違う点は、そのサイズだろう。

 通常なら体長10センチを超えれば充分大型といえる虫だが、蟲魔族は小型の種でそれくらいだ。

 蜂型となれば人間の子供と同じくらいの体長があり、多少虫に耐性のある者でも卒倒する。


 そんな蟲魔族が闊歩する腐葉土の森を、リアラは鼻唄混じりに進む。歌と踊りで仲間を支援する神官故か、鼻唄で足元の落ち葉が風に踊っている。

 リアラは人間なので単身だと蟲魔族に襲われかねないのだが、傍に魔王がいるので安全な状態だ。


「リアラ様。あまり離れず歩いてください……っ」

「怖いんです? おてて繋ぎますか〜?」

「違いますっ! あまり離れると、この森の子達が戦いを挑みに──‬「頼むッ!! そこを通してくれ!!」


 魔王とリアラが微笑ましいやり取りをしていると、森の中心部から大声が上がる。

 その声にすぐさま切り替えた魔王は、先程までの及び腰は何処へやら。柔らかな土を蹴って声の方へ走り出す。


「ああっ。今魔王様が離れるなって仰ったのに〜」

「まあ、私達ならすぐ追いつけるだろう。行こう」


 リアラとゲイルは遅れて走り出し、魔王が向かった方へ向かう。


 そこには、数匹の蟲魔族と1人の森精族が相対していた。

 とても和やかな雰囲気には見えない。寧ろ森精族の方はボロボロで、森の葉と同じ赤色の髪を乱して剣を構えていた。


「おやめなさい! 双方剣と牙を収める様に!! 魔王の名に於いて、ここでの命の奪い合いは決して認めません!!」


 その力強い声に、蟲魔族と森精族の少女は一斉に魔王の方へ振り向いた。

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