マ魔王様と反抗期のお子さん方


 早足で洞窟の外へ出る魔王の背を追い、外に出ると、すぐに異変が目に見えた。


「かなりの数ね……」

「見た事のない群勢だな」


 大型の鳥か何かの魔族に乗って待ち構えていたのは、100を数えそうな程の魔族達。皆一様に魔王の方を向き、睨み、嘲り、見下している。

 大半は中級程度の魔族であろうが、数人角の生えた──‬上級魔族がいる。

 その角つきの1人が少し前に出て、大声でこちらに訴えかけてくる。


「我々は真魔王軍!! 人との共存などという甘い理想を抱く愚かな魔王に代わり、全ての魔族を率いるべく立ち上がりし勇士!!」


 青肌の額に筋を立て、握り締めた拳を高く掲げる上級魔族。その実力は確かなようで、勇者一行は緊張と共にそれぞれの得物を握る。


「愚かなのは貴方達です! 王の力無くして全ての魔族を操る事など不可能! 統率の取れない群勢で戦いを起こしても負けるのは目に見えていますよ!!」


 魔王は群勢へ向け、悲痛な声で解散を訴える。自身に牙を剥く事など歯牙にもかけず、彼らの命を慮る部分に、上級魔族との格の違いを感じずにいられない。

 魔王の言葉を聞いた上級魔族が、赤い目を青く血走らせ、不遜にも魔王を指す。


「なれば貴様を殺し、新たな魔王が産まれるのを待てば良いだけの事!! 次に産まれる魔王には、我々自ら教育を施し、最も残酷に人類を滅ぼす王になっていただく!!」

「……本気で言っているのですか?」


 真魔王軍の洗脳宣言を聞き、魔王は急に静かな語気になる。

 フレイはそんな魔王に、無意識的に一歩後退ってしまう。全身に寒気が走ったのだ。

 魔王の口調は、先程まで自分達と談笑していた時のそれに近い。だが決定的に違うのは、先程までは自然体であったのに対し、今の魔王は意図的に声を小さくしている。

 恐らく、溢れ出そうな感情を抑えるために。


「本気だとも! それとも我々を止めてみせるか!? 莫大な力を持つとはいえ戦力は貴様1人! 技を鍛えるなどという小細工に走る中級魔族の1匹など、恐るるに足らん!! それとも何か? そこな人間供に助けを乞うてみるか!!?」


 大声で主張する事に快感でも抱いたのか、どんどんテンションを上げた真魔王軍の代表は、魔王を挑発する様な口調だ。

 だが実際に真魔王軍の方が数の上では圧倒的に有利。魔王の実力を測り切れていないフレイ達は、その戦力差に歯噛みする。



「私達は頼まれなくても手伝いますよ?」

「だな。まだ判らない事だらけだけど、少なくとも魔王とゲイルと、ここに住む山魔族ゴブリン達を見捨てるわけにはいかない!」

「そうね。アンタよりもこっちの魔王様の方が、アタシは好きよ」

「人間だろうと魔族だろうと、子供達に血を流させる様なマネは許さんど!!」



 勇者一行は岩山の崖に立ち、今にも斬りかからん勢いで魔族の群勢に啖呵を切る。


「お前達、下がってくれ。危険だ」


 勇者一行を止めるべく、ゲイルがフレイの肩を掴む。

「はは。見えないかも知れないけど、俺勇者だからさ。ああいう手合いを倒すのが使命なんだ」

「そーそー。口振りから察するに、中級の魔族もいるるんよりは弱いんでしょ?」

「いるるんとは……」


 フレイとスピカが、妙な渾名を呼びつつ任せてほしいとゲイルの手を優しく除ける。


「……いや。そうではなく、そこに立っていては王の攻撃に巻き込まれる可能性があるのだ」


 自身のツッコミ所と勇者一行の言い分を否定し、ゲイルは魔王の方に目を向けて4人を無理矢理後退させる。


「うふふ。皆様、ありがとうございます。しかしこれは魔族同士の諍い。人類側の皆様のお手を煩わせるわけにはいきません」


 後ろを向いて微笑む魔王の表情は、いつも通り慈愛に満ちたモノであった。

 そして魔王は前を向き、金と銀の双眸に反逆者たちを写す。


「山魔族達も、フレイ様達も、みんなみーんな、私が護ります」


 澱みのない清らかな声色で、魔王は小さく呟き自身の左角に手をかける。


「でも、やっぱり私は『魔王』です。力で制さずして、彼らを止める方法が判らないのですから……」


 自分にしか聞こえない声量で、魔王は誰に見せる事もない弱気な心境を漏らし、パキンと陶器が砕ける様な音に溶かす。



 魔王が、自らの左角をへし折ったのだ。


「え、上級魔族の角って……」

「おう。魔力の制御をする器官だど。あれを折ると、角が生え変わるまで魔力が暴走して、人格も凶暴になっちまうんだぁ」


 知識が豊富なスピカとガロッサが恐ろしそうに呟き、フレイとリアラは戦慄する。

 魔王の実力が凄まじいのは初対面時に判っていた。

 それが暴走するとなると、自分達ごとこの山が吹き飛びかねないのでは。

 そんな疑念が4人の間に巻き起こったのを察して、ゲイルは「心配は要らない。ただ、見ていてくれ」と眼前に立つ主人を見つめる。


「これがあの方の、覚悟の強さだ」


 ゴッ──‬──‬と刹那地面が揺れ、激しい光が魔王を包む。


「フン! 魔力暴走で我々を吹き飛ばす気か? だがその程度では我々を殲滅する事は叶わんし、何より貴様が護ろうとした山魔族供が道連れになるだけだァ!!」


 魔族達も対抗して、それぞれが精製した魔力の塊を可視化して一点に集中させる。

 黒い光となった魔力塊は、その美貌を舐める様に魔王の目の前に現れ、球状になった体内で渦を巻く。

 光の大きさで言えば、真魔王軍の圧勝だ。

 だがフレイ達は──‬魔王が負ける気はしない。


「いや、これ……マジか」


 もう地の揺れは起こっていないのだが、フレイは反射的に足を広げ衝撃に備えた姿勢になる。

 他の3人も同じ想いの様で、口元を引き攣らせながら岩壁に掴まるなどしている。



「さあ喰らえ魔王!! お前が愛した人間や下賤な者供と共に滅びびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびびぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!?」



 けたたましく魔族が叫ぶ途中で、魔王の指先から極細の光線が放たれる。見た目だけは非常に弱々しく、或いは美しくもある光線だ。

 その光線は魔族達が収束させた魔力塊を、綿でもちぎる様な感覚で貫通。射線上にいた魔族達を一瞬にして蒸発させた。


「こんな非常識な密度の魔力があって良いの!? 元々魔法は魔族の力が由来だけどさぁ! こんな魔力圧縮、人類じゃとても到達できないわよ!!」

「ピークちゃんが驚きと興奮でめっちゃ説明してくれる……」

「驚くのも無理はない。身体に眠る膨大という表現すら生温い量の魔力を、王は研鑽の結果制御を可能にしたのだ」

「説明風主人自慢どうもですっ!!」


 魔王の凄絶なる力を目にして、スピカを除いた人間3人は驚きを通り越して感動してしまっている。


「いやもう、凄過ぎてどのくらい凄いのか判らないな……」


 フレイが呟くと同時に、貫かれた黒の魔力塊が何も為せず霧散してしまう。

 その向こうにいた真魔王軍の被害は軽微なものであった。魔王が全力で制御した極細の光線は、数名の魔族を消し飛ばした程度。


「ひいっ……!」


 しかし彼らの心を粉微塵に砕くのには充分であったらしく、今まで偉そうに飛行型の魔族に乗っていた者達は、蜘蛛の子を散らす様に飛び去っていく。


「く……逃げるな……いや、撤退だああああ!!!」


 先程まで楽しそうに演説していた上級魔族までもが、そう命令して逃げていく。言われるまでもなく、その場にいた真魔王軍は撤退を始めていたが。


「やはり中級以上の魔族にある『力こそ至高』という考えは、単純で扱い易くはありますが、あまり気持ちの良いモノではありませんね……」


 敵対しているとはいえ、同じ魔族という共通点を持つ真魔王軍に逃げられて寂しそうに俯く魔王。


 真魔王軍などという仰々しい名前を叫んでやって来た魔族の群勢は、あっという間に敗走してしまった。

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