神官の器量


 アスファラス荒野に聳え立つ岩山。荒野と荒野を挟む様にして居座るその山は、一応交易路に使われている道もある。

 だが山魔族ゴブリンが出るからと積極的に利用する者はおらず、人の往来が少なくなっている。

 お陰でフレイ達が拠点にしている、魔法学都市ラケルスに程近い、製本の町ルフィンにもぐるりと山を避ける様に遠回りして行く者が殆どだ。

 その山を登り、中腹にある小さな洞窟に入る。


「眠っている……のかな?」


 フレイは小さな声で呟く。中には10匹程度の山魔族がいたが、フレイの呟きすら響き渡る程に静まり返っていた。


「ふふ。みーんな赤ちゃんが産まれた事を喜んで、わいわい踊っていたもの。疲れちゃったのかしら?」

「何その状況、陽気過ぎるんですけど……」


 マクシミリアムの言葉を聞いて、想像したスピカがげんなりした顔をする。


『プギ……!』

「ごめんなさい、起こしちゃったかしら?」


 山魔族の数人が起き、マクシミリアムご申し訳なさそうに彼らの低い顔を覗き込む。

 一方のゲイルは、起きた山魔族よりも人間達の一行を気にかけていた。


「待て、待て……! 警戒の必要はない」

「だが……!」


 フレイは剣を抜き、スピカは杖を構え、ガロッサも斧を振り上げている。多数の、しかも成熟した山魔族を見て、彼らの本能的な防衛行動への移行を責める事はできない。両者の全体的な数が多い事もあってか、人間と山魔族の戦いは幾つもの逸話になっている。


『プギ……プギーーッ!』


 山魔族の1人が叫び出し、眠っている仲間に警鐘アラームを鳴らす。次々に起床した山魔族が、フレイ達を見て目を見開く。


「ほら、あいつらもこっちを睨んで──‬あれ?」


 スピカが張り詰めた表情でゲイルに叫ぶが、途中で吹いた一陣の風に遮られる。

 唯一得物を構えていなかったリアラが、ずっと畳んで持っていた旗を広げて振り回していた。


「風よ〜勝利の追い風を〜〜……あ、ピークちゃん落ち着いたかな?」


 リアラが唱えていたのは、『勝利の旗風フレ・ア・ヴィクトリア』と呼ばれる神聖魔法──‬の弱体版。妙に間の抜けた歌声で唱え、ふらふらとした足取りで旗を回していたのも、加減をするためだ。決して彼女が音痴であるという事実はない。決して。

 本来は強力な追い風を起こして味方の動きを補助する技であるのだが、今はリアラが調合したハーブの香りを洞窟内に届けるために使っていたらしい。

 同性で歳も近いスピカに対して、リアラは唯一溜め口で話せる相手だ。性格こそ違うものの、類似点が多いためかリアラはよくスピカの気持ちを察する。


「う、うん。落ち着いたけど……」

「じゃ、武器を降ろそうよ。フレイさん達も、山魔族相手なら、襲って来てから対応しても間に合いますよね?」


 スピカの背をさすりつつ、リアラが神官らしい柔軟さと器の広さを見せる。まずは相手の出方を窺おう、という意味だ。決して全幅の信頼を寄せろとは言っていない。


「……正論だ」

「そうだなあ。リアラは若ぇのに冷静で助かるど」


 男性2人も落ち着いたのを見て、リアラはくるくると旗を回して畳む。


『プギッ。ニンギン、スアル!!』

「凄い。辿々しいけど、人の言葉を話せてる」

「ていうか、これ座れって言ってるのか?」


 勇者一行が言い合っている間に、山魔族達は藁を積んで簡易的な座椅子を作っていた。綺麗に配置された薪を囲む様に並べられた藁は、全部で六つ。


「ああ。『人間、座る』と言ったな。歓迎しているんだ」


 いの一番に座ったのは、マクシミリアムではなくゲイル。彼なりに下級の魔族達を気にかけているのか、山魔族に手を挙げて感謝しつつ、出口に背を向ける様に席に着く。


「じゃ、座りましょう。円形なら死角も産まれにくいですしね」


 ここに来て大物ぶりを発揮し始めたリアラが、ゲイルの右隣に座る。そしてそこから反時計回りにスピカ、ガロッサ、フレイと藁椅子に座る。

 遅れて洞窟の奥でごそごそとしていたマクシミリアムが、幾つかの荷物を手に取って座る。


「歓迎する立場なので、今日は私がお茶を淹れますねっ」


 マクシミリアムが持っていたのは、鍋と網とカップ。それで茶を淹れるつもりらしく、山魔族に水入りのバケツを持ってもらっている。

 山魔族の1人が火打ち石を使って薪に火を焚べ、いそいそと洞窟の奥に退がる。


「上級魔族が自らお茶を淹れる状況とは……?」

「意外だとは思うが……王は人の客をもてなす事を夢見ていたのだ」

「この自称魔王、世話好き過ぎる……」


 フレイの疑問にゲイルが答える。鼻歌を口ずさみながら湯を沸かし茶葉を用意する姿は、人間の抱く上級魔族のイメージと大きく乖離している。


「まく……マクシミリアムは、その鍋とかはどこで手に入れたんだあ?」


 長い名前を言い難そうに呼び、ガロッサが訊く。どうしても気になった事なのか、それとも彼なりに歩み寄ろうとしているのだろうか。


「ルフィンで買いましたよ。私、あの町の方々と仲が良いんですっ!」


 よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、マクシミリアムが目を輝かせて質問に答える。


「…………え? ルフィンの町に? 出入りしてるの? 角つけた魔族が? 買い出しを理由に?」


 スピカは驚愕を物凄い回数の瞬きで表現しつつ、逐一語尾を疑問形にして訊く。


「ええまあ……色々ありまして。町の出入りを許されたのは、3日前くらいなのですが」

「一体どんないろいろがあって、魔族の出入りが許可されたんですか?」


 流石のリアラも驚いているらしく、声が少し震えていた。


「……実は私、他の上級魔族と揉めてしまっているのですが。方向性の違いが理由なのですけど」

「方向性って、俺達を歓迎している事や山魔族達に言葉を教えたりしているのと、関係ありますか?」


 少し言い難そうに話を切り出したマクシミリアムに、フレイが彼女の奇怪な行動との関連を指摘する。


「ええ、そうですね。私の野望は──‬魔族と人間の共存ですから」


 優しい声色と、柔和な笑顔。


 その奥にある熱い心根を表現するかの様に、沸々と湯が沸き立った。

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