マ抜け勇者とマの多い魔王


「マクシミリアム・マグノリア。種族は人魔族レイナーで、年齢は……えっと、100歳くらいだったかしら? 身長は163cmで、体重は……忘れちゃいました!」


 頬を赤くして自身のプロフィールを曝け出すのは、上級魔族にして魔王、マクシミリアム。


「年齢は155歳で、体重はごじゅ──‬「げいるーくん!! ストップストップ!!」


 わざとはぐらかしていた年齢を仔細に述べるゲイルをあわあわと制止する魔王。


「部下にイジられる魔王とは……」

「いや、あの魔族ひとちょっと天然そうだし、わざとじゃないのかも……」

「何で真剣に考察してるんですか?」


 そんな魔族コントを眺めつつ、勇者一行は各々感想を口にする。


「んだども、何でぇそんなスゲェ魔族がこんな辺鄙なトコにいるんだぁ?」


 ガロッサは、最年長らしい落ち着いた物腰で訊ねる。

 そうだ。とフレイは妙な方向に走りかけていた思考を正道に復帰させる。

 ガロッサの言う通りこの辺りは人口も多くなく、この荒野も収穫物などなく行商人が通るくらいの場所だ。


「それは先程王が申した通りだ。私からすれば、貴方達がこの様な場所にいるのが不思議だよ。人の少ない場所の魔物退治など、勇者を擁する冒険者達の仕事ではない」


 ゲイルの指摘に、フレイとスピカがうっと苦々しい顔になる。


「それはその……」

「フレイ──‬あ、この赤髪の勇者くんね。こいつはこの辺りで育って、去年神託を受けて勇者になったんだけどね。魔物が無害と思うと討伐せずに帰っちゃうのよ。それで依頼案内所(ワークサイト)からの評価がドンドン落ちてってね。今では勇者の代行なんてのが拠点で頭角出しちゃって、私達は簡単な魔物退治しか回って来なくなっちゃったってワケ」


 スピカは杖でフレイの頬をぎゅむっと押しつつ、愚痴をこぼす様にして身の上話をする。


「私個人としては、魔物相手とはいえ無益な殺生はしたくないので、フレイ様の方針は──‬?」


 リアラがフレイの擁護をしようとしていると、魔王のオッドアイがみるみる輝きを増していくのが見えた。後ろに控えるゲイルすらも、その瞳の鋭さを失っていく。


「まあ! まあまあ!! まあまあまあまあ!! フレイくんは、正に私達が探していたお人なのですね!!」


 ビュオッッッッと風を切る音がする程の高速でフレイに近付いた魔王が、感無量といった面持ちで彼の手を両手で包み込む。

 そして盛り上がる感情を抑えきれなくなったのか、呆然とするフレイの身体をギュッと抱き締める。


「──‬!?」

「…………ちょ、ちょちょちょ!! 何やってんですかこの色ボケ魔王様はァ!!?」


 動揺を隠し切れないスピカが、数秒放心した後二人を引き剥がしにかかる。その静寂から轟音への変化たるや、真夜中にシンバルを鳴らすが如し。


「ああ、私の求めていた勇者様……!」

「……王よ、その発言と行動は些か誤解を招く様ですが」


 感極まった魔王の囁きに、フレイは髪だけでなく顔まで赤くしている。その状況を見かねたゲイルが、言葉だけで魔王を諌める。


「はっ! 私ったらはしたない……ごめんなさいっ!」


 魔王は両手で頬を隠し、いやいやと身体を振って恥じらいを全力で表現する。


「なあスピカ……魔王の事で2つほど判った事がある」


 この弛緩し切った雰囲気の中。無駄に真剣な表情で魔王を見つめるフレイに、スピカが「何よ」と神妙になって言葉を待つ。


「魔王の身体──‬めっちゃ柔らかい」

「真剣な顔で何言ってるのよこのエロ勇者ァ!!」


 真面目な顔と声で途轍もなく煩悩にまみれた事を言うフレイの背中を、スピカが杖でブッ叩く。


「いやいや。二つ目が重要なんだ。何と言ってもあの魔王──‬──‬──‬──‬めっちゃ良い匂いする」

「助けてアラちゃん。このスケベ勇者を1回殺す更生させるには、アンタ達の助けが必要不可欠だわ……」

「まあまあピークちゃん。一度深呼吸して」

 低い頭をリアラの肩に預けたスピカを、リアラがどうどうと落ち着ける。

「フレイも冷静になるど。相手は魔族。何考えてるかわがんね。はにーとらっぷってやつの可能性もちゃあんと考えるど」

「あ、ああ……いやしかしだな。この2人がこんな場所まで足を運ぶメリットは、どう考えてもないんだ。人類侵略の拠点とするなら、もっと魔族の勢いが強い領域が良いだろうし、山魔族のお産を──‬っていう話も嘘じゃないんじゃないか?」


 先程の色ボケ具合から一転して、頭の中でしっかり考えていたらしいフレイが魔王を信頼できる理由を口にする。

 だが疑念を強く抱くガロッサは、あまり良い顔をしない。

「んが……。フレイ、おを籠絡しよって考えじゃねえか?」

「それはどうかなあ。アタシ達って人の間でも無名なのに、魔族にそんな情報伝わってると思える?」


 その反論に、ガロッサはうっと返す言葉を失う。自虐的な部分を含む発言をしたスピカまでもが苦い顔をする。


「あ、はい。私も実はマクシミリアム様のお人柄は良いものだと思うんですけど、どうしても気になる事がありまして」


 リアラの琥珀色をした双眸が、その丸みを帯びた目にどこか鋭さを以って魔族の2人を見つめる。


「何でしょう、リアラさん?」

「マクシミリアム様が魔王である確証、私達にはまだありませんよね?」


 その言葉に、リアラ以外の誰もがハッとした表情になる。

 確かにそうだ。マクシミリアムが上級魔族である事は確定しているが、だからと言って魔王と確定したわけではない。


「それは……」


 マクシミリアムも自身の証明ができず、眉を垂れ下げる。


「だがよ。俺の攻撃をあんな簡単に防ぐのは、上級の魔族でも簡単にはできね。それは俺の経験から見て間違ぇねぇど」

「それはそうかも知れませんが……「む?」


 リアラが歯に物を詰めた様にスッキリしない面持ちでいると、寡黙なゲイルが明後日の方を見て短く疑問符を浮かべる。


『プギー!!』


 ゲイルの視線の先にいたのは、山魔族の中でも特に小柄な者であった。子供だろうか。

 山魔族は腕に木の棒を携え、ブンブンと振り回しながら辺りを走り回っている。

 スッと自然な動作で警戒体制に入る4人の勇者一行に対し、マクシミリアムは呑気に笑う。


「あら、可愛い坊やね〜」


 言って手を振ると、山魔族の子供がマクシミリアムに気付いたのか、両腕を挙げて駆け寄って来る。持っていた木の棒を丁寧に置いて。

 山魔族の子供は待ち構える4人をスルーして、ぶわっとマクシミリアムの胸に飛び込む。


『プギ……ママー!』

「マ……マ?」


 子供の山魔族──‬子ブリンの発言に、スピカが目を白黒させて驚愕する。


「アレだよ多分。マおうさマの略だ」


 これでマクシミリアムが魔王なのは確定だな、と無理矢理フレイが説を確定させようとする。

 そこでマクシミリアムに抱かれていた子ブリンが、彼女の胸にキスでもするかの様に顔を寄せる。


「あら〜? お母さんじゃないからおっぱい出ないのよ。無駄に大きくてごめんね?」


 多少の困惑を、大いなる慈悲で包み込むかの様な笑顔で、マクシミリアムは子ブリンに謝罪する。

 そのある種絵画にでもなりそうな状況の中。勇者一行はある事実を理解する。


「マ……マ」



「「「「ママだーーーー(どーーーー)!!!!」」」」

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