勇者と魔王


「……やっぱり、あまり気乗りはしないな」

「また言ってる〜」


 アスファラス荒野に向かう馬車の中。男が何度目か同じ事を呟くと、隣に座っていた『森精族エルフ』の少女が二つに結んだ桃色の髪を揺らしつつ、男の方を見てせせら笑う。

 男は赤い髪を短く切った、快活そうな外見であった。だがその反面身体よりも頭を動かす事に長けており、今回の依頼に対しても二の足を踏んでいた。


「しかし、荒野を走り回るゴブリンがいるから始末せよ──‬との事ですが、確かに人的被害の一つも出ておりませんし、少し魔物に対して潔癖過ぎる風潮を感じてしまいますね」


 麦畑の様に美しいブロンドをショートカットにした、若い神官の少女が男に同意する。

 それに反論したのは、一人で座席の一列を使って座る巨漢。


「んだども、これから街の人が襲われるかも知んね。その前に魔物どもをブッ殺すのは、賢い手段だと思うんだがなぁ。フレイもリアラも、難しい事考え過ぎだぁ」

「そーよそーよ。そうやって依頼に首を傾げまくってるから『落ちこぼれ勇者』とか『勇者勇抜き』とか『男者』とか呼ばれんのよ」


 眉間に皺を寄せ、森精族の少女がフレイを詰る。



 フレイは勇者の一人だ。

 魔王に対抗して女神が己の力を授けた10何人かの一人で、その両腕には聖なる力が宿っているという。

 リアラ達はフレイを助ける冒険者となり、人の営みを脅かす魔物達をばったばったと薙ぎ倒す──‬はずだったのだが、何故だか彼等の住む地方の近辺は凶暴な魔物が少ない。少し前までは人と魔物の戦いが絶えなかったのだが。

 今でも魔物の発見報告自体はあり、公的機関を介してフレイ達に依頼も舞い込むのだが、フレイは魔物達が無害だと判断するとその依頼を断っていた。


 その依頼中断が続いた結果、フレイには様々な蔑称がつく事になった。ちなみに『男者』とは『マ抜け』という意味合いだ。


「まあここ最近になってまた人の死亡報告があるし、そういう魔物が出たなら戦うよ、俺は」


 教会から貰い受けた長剣の柄に手をかけ、フレイが凛然とした声色で宣言する。


「それで良しっ。そろそろ降りて魔物探索に移ろっか」

「ああ。探知魔法は任せるよ、スピカ」


 森精族の少女スピカへ声をかけ、フレイ達は馬車を降りる。すると、彼等の予想だにしない展開が待ち受けていた。



「へぇ〜〜! 手綱を持つ者もなしに動く馬車なんですね! お馬さんの毛並みもとっっても綺麗! よしよ〜し」



 魔族──‬それも上位の魔族の証たる角をつけた者──‬と思しき女性が、魔動馬車の馬に抱き着いていたのだ。


「えっ──‬?」

「リアラ、離れるぞ!」


 突然の襲撃(?)に呆然としたリアラを小脇に抱え、フレイは馬車から跳躍して離れる。


「──‬──‬死ね」


 一番槍を飾ったのは、随一の巨躯を持つガロッサであった。

 その女魔族の姿を見た瞬間に直上に跳び、得物たる大戦斧を思い切り振り下ろす。鈍重そうな体躯からは考えられない程の反射神経と初速だ。

 だがその体格に違わず、ガロッサの武器はそのパワーだ。撃てば大岩とて砕く斬撃を、女魔族は──‬──‬片手一本で受け止めてみせる。


「うぅ……凄い力」


 女魔族の細腕は震えている。だがもう片方の手を使う様子はない。


 それもそのはず。女魔族は戦いの気配で弱気になった2頭の馬を逃すため、片手で馬車と馬を繋ぐロープを切り裂いていたのだ。

 その場の緊張感に耐えかねた馬は、荒野の土を蹴って逃げ出す。

 それを確認した女魔族が、ガロッサの踏ん張りに両手で対応する。


「こんの……俺が……腕力で!?」

「ふぬぬぬぬぬ……えいっ!」


 戦斧の刃を丁寧に指で挟み込み、女魔族は横薙ぎに投げ飛ばす。

 武器を奪われたガロッサは咄嗟に拳を構え、コンパクトにパンチを打ち出す。

 左、右とタイミングをずらした避け難いパンチを瞬間移動の様に回避する女魔族。その顔に汗はないが、ガロッサのクレバーな戦闘に少し焦りが見えた。


「ガロッサ! 退避!!」


 スピカが大声で叫ぶと、ガロッサは半ば反射的に女魔族と距離を空ける。


「これは……!」


 ガロッサがブラインドになって見えなかった女魔族の前方。そこではスピカが強大な魔法を放つための準備に取り掛かっていた。

 魔法は9割完成しており、彼女を中心に杖から放たれる光で描かれた6つの魔法陣が、魔法の制御をサポートしている。


 スピカが持つ最大威力の術が、今に女魔族を襲い──‬


「随分と強力な魔法だ。ご使用は控えていただこう」


 刹那。

 その一言と共にスピカの手から愛用の杖が奪われる。

 神速とも表現できる早業でスピカの杖を奪ったのは、鳥魔族という鳥と人の中間の様な姿をした魔族。角は生えていない辺り、恐らくは中級の者だ。


「つ、強い……!」


 その攻防を、リアラを護りつつ見ていたフレイが、思わず呟く。

 そして女魔族はフレイ達が立っている場所に目をやり、ゆったりとした歩調で接近する。

 その悠然たる足並みからは、とても敵意など感じられない。

 剣を持つ手を緩めそうになるフレイは、気を持ち直して張り詰める。


「………………」


 二人の距離が一メートル程度になっても、互いに戦いを始めようとはしない。

 女魔族は金と銀の物理的にキラキラとした目で、フレイとリアラを交互に見つめる。その口元はどこか嬉しそうに微笑んでいた。

 そしてフレイは、改めて彼女を観察しどうしても気になった事を口に出してしまう。


「…………上級の魔族にしては格好がラフ過ぎる」

「え……? あの、フレイ様?」


 その呟きを聞いたリアラは琥珀色の瞳を細め、あまりに緊張感のない言葉を放つフレイに困惑まみれの視線を伸ばす。

 そして改めて女魔族を、特に服装を観察する。


「いやまあ、確かに……?」


 青い無地のシャツに短めの黒いレギンスという格好は、上級の魔族としては威厳に欠ける。

 その上長い髪をうなじの辺りで纏めており、端的に言えば全体的に動き易そうな格好だ。

 大仰に生えた2本の巻角が、妙に場違いに見えてくる。


「間違ぇねぇ。こいつはふぃじかる系の魔族だど。さっきので判った」


 戦斧を拾って後ろに控えていたガロッサが、訝しむ。フィジカル系の魔族という響きが何ともアンバランスだ。

 服装を指摘された女魔族が、頬を赤らめて恥ずかしそうに身を捩る。そのアクションが女魔族が持つ抜群のプロポーションを強調させる。


(あれは噂に聞く『夜魔族サキュバス』か……? 確かに物凄く魅力的だが……)


 フレイにそんな思考が過る。夜魔族とは人間や人類側の雄個体を誘惑し、その性液を触媒に生命エネルギーを残さず吸い取る魔族だと聞く。

 それに見合う美貌を持っているとフレイは判断し、魅了されまいと視線を女魔族から逸らすと──‬



「あ、すみません。ちょっと山魔族ゴブリンのお産を手伝っていたもので……こんな格好で、はしたないですよね?」



 そんな衝撃的な言葉が返ってきた。

 頬に手を当て恥ずかしがる女魔族からは、色気よりも母性の方を強く感じてしまう。


「山魔族って……女の人を攫って、子を産ませるっていう!?」


 こちらにやって来たスピカが青褪める。確かにそういう噂や仮説は聞くが、勇者一行として活動していても、そういった事象は耳にしない。


「いいえ。山魔族はちゃんと雌雄の個体がいますよ。ただ思考力に乏しい種族なので、子を産むのもかなりのリスクがつきまとうのです」

「……それに付き合っていただけ、と? 上級魔族である貴女が?」


 フレイは警戒しつつも、強い力持つ魔族でありながら人との会話を優先する彼女に、一定の敬意を抱いていた。女魔族を『貴女』と呼んだのもそれの表出だ。


「あ、名を名乗っておりませんでしたね? げいるーくん」


 何とも可愛らしいあだ名で呼ばれたのは、先程スピカから杖を奪ったのは鳥魔族の男。音もなくその場に現れ、女魔族より前に出てスピカの方に近付く。


「先程は失礼した」

「お、おおう……、ご丁寧に、どうも?」


 短く言って杖を返還する『げいるーくん』に、スピカは展開についていけないという様子でよく判らない返答をする。

 そして一歩下がった鳥魔族はすっと跪き、フレイ達に目をやる。


「私は鳥魔族ハルピュイアのゲイル・ルゥ。そちらの方の従者だ。あまり好ましい響きではないが、気軽にげいるーくんと呼んでくれて構わない」

「「はぁ……」」


 ガロッサとスピカはやや警戒して無言。フレイとリアラは精悍な声から放たれる可愛らしいあだ名に力が抜けてしまう。

 げいるーくん改めゲイルは名乗り終えると静かに退がり、女魔族の傍らでまた跪く。

 そして交代と言わんばかりに女魔族が前に出て、胸に手を当てつつ自己紹介を始める。



「私は当代の魔王として産まれた、マクシミリアム・マグノリアです。はじめまして勇者の一行。お会いできて大変光栄ですっ」


 慈愛に満ちた笑みと、未知への高揚を隠せない語気が混ざり、どこか少女然とした雰囲気を醸し出す女魔族──‬魔王、マクシミリアム。

「えっ」

「魔王って……」

「魔族の王、ですよね……?」

「ふぃじかる系の、魔王だったんか」

 色気のない荒野の真っ只中。

 魔王に迎えられた勇者一行は、それぞれの言葉で驚きを露わにしていた。

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