蛇の皮で大金持ち
今でこそ休日は家に籠って酒を飲んだり惰眠を貪ったりして一日が終わる、実に不健康な過ごし方をしているのであるが、保育園児のわしは外で遊ぶのが大好きだった。
特に楽しんだのは生き物との触れ合いである。
「えいっ! あっ、握ったら死んじゃった」
生き物との触れ合いなどと書くとほのぼのした感じがするが、実際は無益な殺生ばかりしていた。その多くは昆虫、魚類、両生類、爬虫類などである。
爬虫類の中でも特に楽しいのは蛇である。これはわしに限らず他の園児たちにも人気があった。
「
蛇を見つけると適当に踏みつけて弱らせる。動きの鈍くなった蛇の先端を持ち、ぐるぐると投げ縄のように回して飛ばし、標的に当てて遊ぶのだ。
単純に投げるだけの石と違って回してから飛ばすので狙いを定めるのが非常に難しい。非常に難しいからこそ当たった時の喜びはひとしおであり、それ故に楽しいのだ。
「蛇って食えるのかな」
「野良犬とかが食ってるから食えるんじゃないか」
遊び終わった蛇はそこらに放置して帰宅する。その後どうなろうが知ったことではない。保育園児というものは実に無慈悲な生き物である。
「あれ、母ちゃん、財布の中に何を入れているの」
ある日、母のがま口の中に紙幣や小銭と一緒に布袋があるのを見つけた。
訊いてみると、
「蛇の抜け殻だよ」
という返事。
「どうしてそんなものを入れているの」
「これを財布に入れておくと大金持ちになれるんだよ」
「おおっ!」
感動した。保育園児の時点で金がどれほど偉大なものか、わしは知っていた。金があれば好きなお菓子も欲しいおもちゃもカッコイイ上着も手に入る。なにより母が働きに行かなくて済む。
命の次に大切なのは金。そして金は蛇の抜け殻を入手すれば容易に得られると言うのである。
「よし。蛇の抜け殻を見つけよう。あんな小さな抜け殻じゃなくてもっと大きいのを見つけるんだ。そうすれば我が家は億万長者になれるに違いない」
浅はかである。おめでたいほどに単純である。しかし単純な思考だからこそ邪念が入らず凄まじい集中力を生み出せるのだ。
それからわしは毎日野原や草むらをかけずり回って蛇の抜け殻を探した。
昆虫の抜け殻に比べれば蛇の抜け殻は簡単に見つけられそうな気がした。蝉も蝶も脱皮の回数は限られているし、手に入る抜け殻は羽化する時の一度だけ。
それに対して蛇は生きている限り何度でも脱皮する。たらふく食って体が大きくなるたびに皮を脱ぐのだ。
さらにわしが住んでいた土地はどういうわけか蛇が多く、道を歩いているだけでもよく出くわしたりした。だから抜け殻くらいすぐ見つかると思っていた。
「ないなあ」
予想というのは外れるものである。どんなに探し回ってもまるで見つからない。
「こんな切れ端じゃなあ」
たまに見つけても一円玉程度の大きさしかない。しかも手に取るとボロボロと崩れてしまう。抜け殻は非常に脆いのだ。大物を狙うには脱皮直後でなければまず無理だろう。
「あいつ、脱がないかな」
蛇を見かけたらしばらく観察したりもした。この場で脱皮してくれればいいのになあと思いながら見ているのだが、蛇には蛇の都合があるようで一向に皮を脱ぐ様子はなく茂みに消えていく。
「ダメかあ~」
抜け殻探しは予想以上に難しいと次第に感じ始めてきた。しかし諦める気にはなれなかった。烈火のように燃える金への執着がわしを突き動かすからだ。
わしは探し続けた。田んぼを草むらを野原を駆けずり回った。そしてその努力がついに実る日が来た。
「あったあー!」
見つけた抜け殻はとんでもなく大きかった。ほぼ一匹分の長さがある。きっと脱ぎたてなのだろう。
わしは喜び勇んで家へ戻った。母に見せたら盛大に褒めてくれるに違いない。もしかしたら特別にお菓子を買ってくれるかもしれない。そして大金持ちになって毎日贅沢に暮らすんだ。
「楽しみだなあ、うふふ」
ちょうど日曜日だったので母は家にいた。その母に向かって蛇の抜け殻を差し出した。
「母ちゃん、見て見て、蛇の抜け殻を見つけたよ!」
「どれどれ、ぎゃあああー!」
母の喜びようは凄まじかった。ほとんど悲鳴である。
「ねっ、大きいでしょ。これだけ大きな抜け殻だと大金持ちになれるね」
「そ、そうだね。でも抜け殻はもうあるから、それは要らないよ」
「えっ、でもあれは小さいよ。これは凄く大きいよ」
「そんなに大きいと財布に入らないよ。だからそれは捨ててきなさい」
「ええっ!」
ショックだった。この抜け殻を見つけ出すのにどれだけ苦労したことか。どれほど地面をはい回り、どれほど野原を駆け回ったことか。そうしてやっと手に入れた抜け殻なのに捨ててこいなんて……。
「でも、せっかく見つけたのに。お金持ちになれるのに。母ちゃんだって働かなくて済むのに」
「そうかそうか、えらかったね、ありがとうね。でも捨ててきなさい」
母は頑として受け取ろうとしない。ここまで拒絶されては仕方ない。わしは涙が出そうになるのを堪えて見つけた場所へ戻った。
「うう、あんなに頑張ったのに」
わしは断腸の思いで抜け殻を捨てた。意気消沈して家に戻ると二才上の姉が軽蔑の眼差しで出迎えてくれた。
「バカなの? あれ、抜け殻じゃなくて死骸だよ」
「ウソ!」
とは言ったものの、思い返せばぶら下げて運んでいたような気がする。抜け殻をそんな風に持てばすぐ崩れるはずだ。
「そうか。だから捨ててこいって言われたのか」
本物のバカである。しかし間違えたのには理由がある。姉の話では尾の先っぽがカラカラに乾燥していたらしい。そのためその部分が抜け殻そっくりになり見間違えたのだ。保育園児の認識能力などその程度のものである。
「よし、今度こそ本物の抜け殻を見つけてやる」
わしは再起を図った。だがそれが叶えられることはなかった。その日を境にして母が蛇を危険視するような言動を始めたからだ。
「蛇は毒を持っているから危ないよ」
「噛まれると死んじゃうよ」
「触っただけで手が腐るよ」
確かにマムシみたいな毒蛇は危険である。それくらいはわしも知っていた。しかし手が腐るってのはどうかなあと思わないでもない。なにしろ他の園児たちは蛇を触りまくっているのにまったく平気なのだから。
やがて母の言動はさらに過激さを増してきた。道端で蛇を見つけて、
「あ、蛇だ!」
と指差すと、
「蛇を指差しただけで指が腐るよ」
などと言い出す始末である。
さすがにここまで来ると母はウソをついていると感じ始めた。どうしてそんなウソをつくのか。それは蛇が嫌いだからだ。きっと蛇を見るのも蛇という言葉を聞くのも嫌なのだ。
振り返ってみればわしが蛇の死骸を持ち込んだ時、母は凄い顔をしていた。喜んでいるのだと思っていたが恐怖で顔が引きつっていたのだろう。
「このままあの子を放っておいてはマズイ。次は生きた蛇を持ち込むことだってあり得る。なんとかしないと」
そんな危惧を抱いた母の考え出した手段が、
「ウソをついてでも蛇への恐怖感を植え付けること」
だったのである。
「母ちゃん、よっぽど蛇が嫌いなんだな」
それ以降、わしは母の前では『ヘビ』という言葉を言わないようにした。蛇を振り回して遊ぶこともやめた。いかに頭の足りない保育園児とは言ってもそれくらいの気遣いはできたのである。
本日の川柳
蛇革の財布の中に蛇の皮
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