第36話 楽しいダンス

 その後はお決まりの宴会が始まった。乾杯の後は、優勝女性とそのお相手がファーストダンスを踊る。


 村人たちがくたびれた楽器を持ち寄っている間に、数人の若者に手を取られて連れて来られたのは、最下位になったパウロだった


 その格好は、老婆が着る様な生成きなりのシャツに茶色のスカートを履いているが、丈が足りずすね毛がのぞいている。つばの短い帽子はスカーフで覆われ顎の下でリボンのように結んであった。


 皆の嘲笑ちょうしょう卑猥ひわいな冷やかしの中をしずしずと歩いて来ると、会場の端の席に座らされた。


 にわか楽団が音楽を奏で始めると、エルザとヤーデが真ん中に出てきた。互いに礼をして手を取り合う。片手を繋いだまま、女性はスカートをつまみ、男性は腰に手を当ててステップを踏む。

 体をぴったりと付けることはせず、軽快な音楽に合わせてくるくる回ったり、近付いたり離れたりするのだ。


 エルザは緊張しているのか、時々足元がおぼつかないが、ヤーデが巧みに支えリードする。そのたびにうつむきはにかんでとてもかわいらしい。


 ゾフィも王都でヤーデと踊ったことがあったけれど、とても踊りやすかった。それを思い出して、チリチリと胸の中で何かが鳴った。


 曲が終わって、男が膝と腰を折り、恭しく女性の手を取って口づけを落とす真似をする。皆が拍手と喝さいをした。


 ディーネはまだ幼いクリスタルを連れて城へ戻り、大公も適当なところで中座していた。エスメラルダは女性たちとおしゃべりに花を咲かせている。


 ヤーデは、なぜかゾフィの隣に座り、ゾフィをダンスに誘いに来る男たちの手をはたき落としていた。


「なんでだよー、俺だって女の子と踊りたいんだよー、殿下ばっかりずるいぞ、エルザはこの辺りじゃマドンナなんだからな」

文句を言っているのは、いつぞやゾフィに声をかけてきたコンテ村の若者だ。今日も護衛騎士アウグストの無言の脅しにもめげずゾフィに声をかけてきた。


「彼女はだめだ」

「コージー、わたしが踊ってあげましょうか?」

「いんや、姫様じゃ、ときめかないからいやだ」

「どういう意味かしら?」

「ちょっと、失礼じゃないかい!」

「そうだよ、踊りたいんならあそこのパウロ、いやとでも踊るんだね」

どうやら女性たちはみんなエスメラルダの味方のようだ。水を向けられたパウロが片隅でビクリとする。


「・・・んじゃ、そうするよ」

コージーはそう言うとパウロの前に行って、手を差し出す。さっきからパウロは男たちに引っ張りまわされて踊ったり、酒を注がれたりしているのだ。

 コージーはうんざりするパウロの手を強引につかんで立たせると、踊りの輪の中に入って行った。


 また会場が笑いに包まれる。今日は大公家からたっぷりの酒が用意されているので、皆かなり出来上がっている。


「どう?一曲ぐらい踊っておく?」

ヤーデがゾフィの顔をのぞき込む。ゾフィは体を動かすことが好きで、故郷でもお祭りの時は、孤児院の仲間や砦の兵士たちと踊ったりしていた。「はい」と返事をすると、彼は立ち上がって手を出した。


「お嬢さん、踊っていただけますか」

笑って手を取ると、皆の輪の中に加わる。今は体力も付き、複雑なステップを踏んでも疲れたりはしない。それにやっぱりヤーデのリードはとても上手で、すごく踊りやすくて楽しかった。


 踊り終わってみると、周囲が静まって二人に注目していることに気付いた。ゾフィは、どうしたんだろう、と不思議に思ったが、すぐに公太子殿下と踊ったからだと悟った。


(女性たちから嫉妬されちゃうかも・・・)苦笑いをしながら席に戻って、手渡されたオレンジジュースを啜る。ヤーデが氷を入れてくれたのでほてった体においしい。


 一息ついていると、別の若者が、踊ってくれませんか、と声をかけてきた。どうしようか、と悩む間もなく、隣の男が「だめだ」と断りを入れていた。


 若者たちが「横暴だー」「一人だけずるいぞー」とかなんとか文句を言っていたが、ゾフィがジュースを飲み終わるのを見計らって、「それじゃあ、そろそろ戻ろうか」とヤーデが立ち上がった。


 エスメラルダも合流して三人で馬車に乗り込んだ。サニはまだ年若いので先に帰していて、今はそれぞれの護衛が一人ずつついているだけだった。


 そう言えば、とゾフィが思い出す。

「あの、パウロさんはどうなるのですか?」

「ああ、皆が宴会に飽きた頃に、男たちにかつがれていって村はずれの小川に放り込まれるんだよ」


 変な女装をさせられた挙句に、川に放り込まれるなんて・・・確かに負けた者が結構ひどい目に会うお祭りなんだなあ、とゾフィは思ったのだった。

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