第35話 麦刈り競争
ゾフィはコンテ村へと向かう馬車の中で、ヤーデと向き合っていた。未婚の男女なので二人きりという訳にはいかず、サニも同乗していた。約束通り昨日は休息をとり、今日は顔色もいい様だ。
「とてもきれいなお花をありがとうございました」
「うん、気に入ってくれた?」
「はい!ユリが素敵でした」
「・・・君はユリが好きなのかな」
「はい・・・香りもいいですし、咲いている姿も美しいですから・・・」
そういえば主役はランという花だったのかもしれない、と若干後悔しながら続けた。
「ふふっ、俺もね、ユリは好きなんだ。うちの家紋はバラだからバラの方が好まれるのだけど。じゃあ、来年はもっとたくさん植え付けようかな」
そんな言葉にドキリとする。来年もここにいていいのだろうか、と。
小一時間もすると、実り豊かなコンテ村に到着した。先日来た時よりも、麦穂の色が濃くなっていて、刈り取られるのを待ちわびているようだ。村の広場には天幕が立てられていて、中にはすでにヤーデ以外の大公家の面々が集まっていた。
広く入り口が開けられた天幕の中には、大公家の席が設けられ、傍らには優勝者に送られる酒樽と小麦の袋が置いてある。一つの席にゾフィを座らせると、ヤーデが村の若者たちに声をかけた。
「そろそろ始められるかい?」
「へい、バッチリでさあ」
それを合図に一人の男性が手に持った大きな革張りの太鼓をドンドンドンと叩いた。
参加者らしい人たちが鎌を手にしてわらわらと集まってきた。近隣の村々から来た比較的若い人たちで、多くは屈強な体格だが、ひょろっとした人もいて、総勢二十人程度だ。
「これから
大公の侍従の一人がそう口上を述べると、男たちは口々に雄たけびらしいものを上げながら麦畑へ向かった。コースは事前にくじ引きで決められているそうだ。
合図の太鼓が再び鳴り響く。同時に男たちが一斉に麦を刈り始めた。力任せに刈っていく者、鎌に風魔法を乗せて疲労を軽減する者、果ては土魔法で周囲の地形を変えてライバルの邪魔をする者までいる。本当に何でもありだ。
外野からは応援ややじの大声が飛んでくる。
土魔法で邪魔をしていたがっちりした男が一歩リードしていたが、途中でへたりと座り込んでしまった。怪我でもしたのだろうか、とゾフィが心配で腰を浮かしかけたのを見て、公太子が可笑しそうに笑う。
「大丈夫だよ、あれはただの魔力切れだ」
そういわれてみれば、顔色を悪くして脱力しているだけのようだ。ゾフィもまだ自分の魔力をよくわかっていない時に使い過ぎたことがあったが、体に力が入らないし頭は痛いし、本当に気持ち悪かった。市井の者はもともと魔力が少ない。無理をすればすぐになくなるだろう。
そんなハプニングに観衆は大喜びで、やじを飛ばしたりはやし立てたり大盛り上がりだ。
結局、優勝は魔力切れ男から離れた一番端の
ティンさんというその人は、麦束を一つ持ってくると
最下位は当然魔力切れをした人で、名前はパウロさんといったが、少し元気を取り戻すと、数人の男達にどこかへ連れ去られてしまった。
その後は女性の部で、隣に面した少し小さめの畑で行われた。出場者は十五名、年齢は十代からその親世代までと幅が広い。同じような口上が述べられ、競争が始まった。
女性陣は魔法などは使わず、体力だけで勝負しようと決めているようだった。皆それぞれの村人の声援を受け、黙々としかしきびきびと麦穂を刈って行く。
接戦だったが、最後は若い女性が一番になった。エルザというその人は、隣村出身で十九才、細面でほっそりとした、感じのいい美人であった。
今度はディーネ妃が麦穂と目録のやり取りをする。商品は小麦粉の大袋とダンス権だ。ディーネの侍女が意中の相手を聞いた。エルサはポッと顔を赤くして、侍女の耳元で何か言うと、俯いて笑った。
「ヤーデ公太子殿下とのダンスをお望みです!」
侍女が厳かな調子で声を張り上げた。男たちからは歓声とも非難ともわからぬ声が上がった。
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