第33話 お祭りの街

 「竜王国の刃物って、独特なのでしょう?よくご存じでしたわね」

まあ、今さら驚きませんけど、サムエラが口を開いた。今はゆっくりと歩きながら繁華街の方へ向かっている。


「知識はメルが持っていたんだ。俺はたまたま手順やタイミングを見たことがあったからね。・・・村の鍛冶屋程度だったけど」


「竜王国って、本当に今はどこの国とも親交がないのですか?」

「うん、細々ほそぼそと特定の商人から鉄や鉄鉱石が流れて来るけど、それぐらいだね。帝国が河向こうを支配してからは全く表舞台には出て来なくなったんだ。それからもう百年以上経っている」


「昔、大公家の姫がお嫁に行ったのよ。竜がつないだ縁なんですって。ロマンチックだわあ」

サムエラがうっとりとする。勝気な性格だが、乙女な一面も持っているようだ。だが、ゾフィにとって重要なのはそこではなかった。


「えっ、竜?竜が本当にいるのですか?」

庶民にとっては竜なんて空想上の生き物なのだ。

「いるのよ。メルディ姉さまが実際にお会いになったのよね」

ゾフィの必死さに、吹き出したサムエラがエスメラルダを見上げた。


「ええ・・・大公国とクレシカの国境付近の山深くにね、時の竜が住んでいて、そこに行ったの。気に入ると会ってくれるのよ」

「そう、俺も一緒に行ったんだけど、俺は気に入ってもらえなかったんだよね」

そんな二人の話に、ゾフィは興奮を抑えられない。目を輝かせながら食い入るように話を聞いている。


「わたし、竜なんておとぎ話だけの存在だと思っていました。・・・じゃあ、竜の呪いもあるのですか?」

この前読み終わった竜と乙女の叙事詩は、竜の呪いを受けた騎士ユリウスと、竜の愛し子ロミアの恋の話だった。結局呪いは解けても騎士は命を落としてしまう悲恋の話だったのだけど。


「あるよ。竜とか神を害すると呪いをもらうと言われているね。っていうか、君なら呪いくらい解けるんじゃないか」

「そうね。何よりあなたはマールの愛し子だものね。かの騎士ユリウスも今の時代に生まれていれば命を落とさずに済んだんでしょうねえ」


「そうですわね。わたしもまさか『聖女』様にお会いできるなんて、そっちの方が夢のようですわね。ユーロク領はマール信仰が強いところなの。そう言えば、ゾフィさんの騎士にキーファ・ティティスがいるでしょう?彼はもとはユーロクの者なんだけど『聖女』様にお仕えしたいからって、うちを辞めて自ら志願したのよ」


 あれからもう二人、専属騎士を付けてもらったのだ。四人ともとても紳士的で仕事に忠実な人たちだが、キーファは特に気を使ってくれる。


「・・・へえ、キーファ卿にはそういう経緯があったんだ。ゴードンは何も言っていなかったな」

なぜかヤーデがワントーン低い声で呟いた。あら、余計なこと言っちゃったかしら、とサムエラが口を覆う真似まねをする。

「ですから、何かの時には遠慮なく彼を盾にでもなさって下さいな」


 どうゆうことだろう、話の途中で迷子になっているゾフィが今日の護衛トニー卿の方を見ると、なぜかサッと目を逸らされた。


 「竜のお話はまた今度してあげるわ。さあ、今日は楽しみましょ!」

そう言ってエスメラルダが示した先には、屋台や露店が立ち並び、買い物や出し物に興じる人々がひしめく、賑やかな光景があった。


 異国情緒の溢れる出店や芸人たち、見たことのない果物や色鮮やかな織物、キラキラ輝く宝飾品、その間を歩く晴れ着の人や普段着の人がさらに色を添えている。


 すごい!クレシカのお祭りよりもずっと賑わってる!そんなゾフィの心の声が漏れだしていたのかヤーデが教えてくれる。

「ここはコーニヒ港と水路で繋がっているんだ。コーニヒには南国の国々から物や人がやってくるから、いろんな珍しいものがあるんだよ」


「そうなんですのよ。わたしちょっとあっちの小間物屋さん見て来るわ」

「わたしもちょっと市場調査してくる。ゾフィさん、楽しんでね!」

そう言うと女性二人は、それぞれの護衛を連れて人ごみに紛れてしまった。


 「さあ、行こうか。」

美しくも優しい笑顔を見せると、公太子がゾフィの手を取った。ほんの三か月前のことを思い出す。あの時もこうして手を取られた、そう、はぐれないように。「はい」はにかみながら笑ってゾフィは手を握り返した。


「どこに行こうか。何か見たいものがある?」

そうですねえ、ゾフィは通りを見回してみる。すぐそばに、小さなアクセサリーを売っている露店があった。色んな色の、本当にありとあらゆる色の石がある。


「お嬢さん、カレシとお互いの目の色の石を着けると、幸せになるっていうよ」

店の主人がむつましげな男女を見かけて声をかけてくる。え、あっ、手をつないだままだった、焦るゾフィだがヤーデは手を放してくれる気はないらしい。


「って、あれ?殿下じゃありませんか」

「やあ、商売はどうだい?」

ヤーデは店主と知り合いだった。ここで売っているものは天然石ではなくガラス細工で、いわゆるトンボ玉というものだ。エスメラルダが色の種類を増やしてアクセサリーにして売り出したそうだ。


「おかげさまで大盛況ですよ。色が豊富で値段も手頃ですからね、女性心をくすぐるらしいです」

「それは店主の売り方が上手いんだろう。女性心をくすぐるのは」

「へへっ、恐れ入ります。お二人もいかがですか」

店主がこれ見よがしにきれいな緑色のイヤリングを手に取って見せた。「どうする?」いたずら顔でヤーデがゾフィの顔をのぞく。


「い、いえ、わたし、アッシェンの友達に送ってあげたくて・・・」

近付く天上級の笑顔に赤面しながらゾフィは手を振った。

「それは残念(まあ、そのうち本物をあげるけどね)」


 そんな公太子の黒い笑顔に、メグへのプレゼントを一生懸命選ぶゾフィは気付かない。結局、派手な色が好きで、生き生きとした友人を思い出して、朝日みたいな赤いガラス玉のイヤリングに決めた。

 お金はエスメラルダが貸してくれた。お給金が出たら、返そうと心に誓っている。


 それから二人は色々なお店や出し物を見てまわった。猿回しや歌う極彩色ごくさいしょくの鳥。甘い香りのねっとりとした細長い果物、薄桃色の作り物のようなきれいな花。

 もちろん、お肉の入った白い蒸し饅頭やパラパラとした味付きごはん、南国の果物ジュースなど美味しいものも忘れない。


 これらはすべて、帝国より南にある国々の物なのだそうだ。売り子の人々は黒い髪と瞳、少し浅黒い肌をしていてエキゾチックな風貌だ。それぞれの国のエピソードを聞き、目を輝かせながら料理を食べるゾフィをヤーデが目を細めて見ている。


(なんだか最近餌付けされている気がする・・・)

ヤーデは忙しくない時、ゾフィに美味しいものを差し入れては、食べるところをこうして微笑ましく見ていることがある・・・でもポティーや愛馬のギャラントにおやつを上げる時もこんな優しい顔をしているわ。


(もしかして、わたしペット枠?)

花の香りのする甘い果汁をヨーグルトで割ったものを飲みながら、ゾフィは謎の結論に至った。


 「大変よ、メルディ姉さま!」

集合場所の工房に再び戻ってきたサムエラは、先に帰って来ていた従姉の姫に駆け寄った。

「どうしたの、サム。いいお買い物は出来た?」

「あの女がいたのよ!ナントカナントカっていう女!『あら、伯爵家のお嬢様なのにそんな安物をお買いになるの?いつでもうちを頼りになさって』ですって!もう頭に来ちゃう!」

物まねを交えてサムエラがくし立てた。


「ちょっと落ち着いて?サム。座ってお茶でも召し上がれ」

レイ少年がテキパキとお茶を入れてくれる。配膳はエスメラルダの女性騎士、タリアが手伝う。護衛達にも振る舞われ、皆が一息入れた。


 少し冷静さを取り戻したサムエラの話によると、郷土の仲のいい令嬢たちへの土産にしようと、今公都で流行っているガラス細工の置物を選んでいたそうだ。そこへナタリー・ナイデル嬢がやって来て嫌味を言ってきたのだという。


「わざわざわたしのいる店の中まで入って来たんですのよ!あんな店、普段は絶対来ないくせして・・・兄さまたちが見つからないか心配・・・」


 ヤーデたちの心配をしてくれたのね。エスメラルダがサムエラの頭を撫でる。サムエラは頬をほんのり染めた。


「大丈夫よ、ヤーデがゾフィさんを守ってくれるわ」

「はい・・・あの女がお妃になんてなりませんわよね?」

「それはないわね」エスメラルダはきっぱり言った。「だいたい、ユーロク家をないがしろにするような方は大公家に相応しくないもの」


 そこへヤーデとゾフィが戻ってきた。

「お帰りなさい。ゾフィさん、楽しめた?」

エスメラルダが訊ねると、少女はキラキラした笑顔で答えた。

「はい、とっても!」


 どうやらナイデル嬢とは遭遇しなかったようだ。先に工房にいた者は一様にホッとした。お茶を済ませると、市井の者たちに別れを告げて、城へと戻っていった。

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