第31話 夏至祭り

 ノイマンとお話している間に試合は佳境かきょうに入っていた。準決勝一組目はヤーデとザックの主従対決だった。


 互いに馬を走らせ、相手の急所を狙って槍を突き出す。ヤーデの穂先はわずかにれザックの肩をかすめた。一方ザックの槍はあやまたたず主人の胸を打ち、木の模擬槍は中ほどから折れて弾け飛んだ。


 その激しさにゾフィは思わず目を覆った。いくら鎧を着けているからといっても大丈夫かしら、と恐る恐る目を向けると、まだヤーデは馬上にいて、ザックの健闘を称えるように肩を軽く叩いた。見物人からは大きな歓声が上がる。


 次の対戦はセルカと大公付きの若い騎士グレゴリ卿という人だった。セルカは若手といってもベテランの域にいて、若い騎士を難なくあしらった。


 ザックとセルカの試合は決勝戦というに相応しく、激しく力強いものだった。一度の対戦では決着がつかず、互いに馬を戻すと再び突きあった。


 双方の槍は砕け散ったが、今度はセルカがその力に押し負け、バランスを崩すと背中から落馬した。会場は一際ひときわ大きな歓声に包まれた。


 優勝者にはディーネとエスメラルダから名誉と褒賞が、人々からは惜しみない称賛が与えられた。こうして誰にも大きな怪我も無く馬上試合は幕を閉じた。

 

 夏至祭りはその名の通り、夏至の夜に行われる祭りである。ここ大公国では、夏至の夜には悪魔の力が増すので、夜中よじゅう火を焚いて悪魔が入り込まないように見張る、というものだった。


 ゾフィの故郷では、一晩中踊り明かすのは同じだが、男女のお見合いの色合いが強いお祭りだった。意中の人に気持ちを伝えたり、結婚を申し込んだりする絶好の機会だったのだ。孤児院の女の子たちも、将来を夢見て色めき立っていたな、と少し懐かしく思い出す。


 庶民のお祭りということで、大公一家やゾフィは出席しなかったが、窓を開ければ、遠くで楽器を奏でる音やドッとはやす声が時折聞こえて来た。

 ノーラによれば、たいまつを持った若者が家々を回り、ああして大声を出して悪魔を追い出すのだそうだ。


 翌朝、夏至の火の燃えかすをもらってきて家畜の額に塗れば、一年息災に過ごせるということで、城の家畜はもれなく、ポティーやマロン、ホーテさんや羊たちに至るまで、しばらく眉間に黒いシミを付けていた。


 ぐいぐい頭を押し付けてくるポティーと、ドレスに額の炭を付けられないようにと押し戻すゾフィが楽しげな攻防を繰り広げていると、エスメラルダとサムエラがやってきた。


 ポティーの関心がエスメラルダに向き、薄黄色の美しいドレスが汚れてしまう、とゾフィは青くなったが、足元から姫君のもじゃもじゃの護衛騎士マロンが飛び出て来て、ポティーに吠えかかった。ポティーは尻尾を巻いて逃げ出す。体は大きくても、先住犬には頭が上がらないようだ。


 「女の子同士でお茶をしましょう?」

侍女たちがお茶の支度を終えて下がると、エスメラルダは持って来た箱を開けた。

「石けん・・・ですか?」

ふわりといい香りが漂ってくる。中には手の平にちょうど収まるくらいの四角い石けんと小瓶が並んでいた。


「そうなの。ユーロク伯領にね、新しい街を作ったでしょう?そこの産業にしようかと思って試作したのよ。あなたにも使ってもらって感想を聞きたいと思って」


 ユーロク伯領は乾いた気候で、オリーブやハーブ、柑橘類の栽培に適している。それを材料にして石けんを作り、天日てんぴで乾かしたものだそうだ。

「気に入った香りがあったら使ってみて?」


 サムエラはすでに手に取って、クンクンと香りを嗅いでいる。ゾフィも一つ試してみた。さっぱりとした清々しい香りだ。わずかに苦みもある。「それはシトラスね。オレンジやレモンの皮から採るの」


 次はゾフィにもお馴染みのラベンダーだ。「ラベンダーは安眠効果があるのよ」

ゾフィには必要ないかもしれない。大公家のベッドは寝心地がいいので、毎日熟睡できる。


 「わたし、これがいいわ!」

サムエラがミントの香りを選んだ。

「ユーロクは夏暑いでしょ。これを使ったら気持ちいいと思うの」

なるほどねえ、エスメラルダも感心している。


 「あ・・・これ、すごくいい香りです」

ゾフィが気に入ったのは、甘くて優しい、しかしどこかきりっとした香りのものだった。

「それはネロリよ。ビターオレンジの花から採れるの。ゾフィさんのイメージにも合っていると思うわ」

優しく笑いながら、箱から小瓶を取り出す。

「こちらはオイルよ。髪に塗るとつやつやになるの。一緒に使ってみて」


 それから祭りの話題になった。夏至の火祭りが終わったばかりだが、収穫祭自体は後十日ほどは続くそうだ。

「わたし、ライデルヒの街でお買い物がしたいわ。露店ろてんがいっぱい出ているのよ」

サムエラが目を輝かせながら言う。


「ユーロクのお祭りだって盛況せいきょうでしょう?」

「断然公都の方が派手なんですのよ。色んな小物を売っているの。ゾフィさんも行ってみたいでしょ?」

うーん、行ってみたいけれど・・・そんな微妙な表情を見て姫君が問う。


「どうしたの?何か気になることがあるのかしら」

「わたし、お金を持っていないんです」

サムエラがポカンとした顔をする。

「・・・クレシカではちゃんとお給金をもらっていたのかしら」

冷やりとした口調でエスメラルダが聞いた。

「いえ、でもお世話になっていましたし、そのかわりでしたので・・・」

「そう・・・」相変わらずエスメラルダは何か考えている。気に障ることでも言っただろうか、ゾフィは心配になった。


「わかったわ。ゾフィさんは自分で働いて自分で自由になるお金を稼ぎたい、そういうことでいいかしら?」

「!・・・はい」

「うちはちゃんとした対価を払うわよ。あなたの治療は特別なんだから」


「ゾフィさんは、わたしの齢にはもう討伐隊に参加していたのでしょう?わたしも頑張らなくちゃ」

「ふふっ、叔父様がお許しになるかしら・・・叔母様はむしろ焚付たきつけそうね」


 ご令嬢自らが討伐に行くのかと、ゾフィが驚いていると、サムエラが腰に手をあてて胸を張って言った。

「わたし魔導士になるのが夢なの。それでいつか海の向こうの大陸に渡ってやるんだ

から!」


 聞けばエスメラルダも毎年遠征に同行するのだそうだ。「最も、わが領の騎士たちは優秀だからもっぱら防御係なのだけど」ころころと優雅に笑う。


 この方たちはゾフィが今まで出会ってきた高位貴族の令嬢たちとはかけ離れている。自分たちで何かを、誰かを守ろうとしているのだ。


「ともあれ、まずはあの過保護の君を説得しないとね」

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