第30話 ノイマンの昔話
収穫祭の幕開けは、大公国の若手騎士による馬上試合だ。大公国は騎士が
試合は城下から少し離れた広場で開催される。鎧装備をして馬に乗り、木槍で突き合い、急所を突いた方、または馬から相手を落とした方が勝ち、というものだった。
祭りの中でも人気のイベントで、城下や地方からもたくさんの見物人がやって来る。
これには公太子ヤーデも出場する。だが表情は暗い。ザックと同じグループになったからだという。
「たぶん、ザックが話題をみんな持ってっちゃうよ。彼の馬術と槍術に敵う者はいないんだ。あー、ザックが部下で良かった」
殿下にこんな事まで言わせるなんて、ザックさんてすごいんだなあ、とゾフィは尊敬のまなざしを向ける。
「何言ってるんですか、本気でやったら、あなたの魔法に勝てるわけないんですからね」
この二人は本当に気の置けない関係の様だ。
「君も
当日、大公家の面々と並んでゾフィは貴賓席にいた。隣にはノイマンがいる。槍をまともに食らったり、落馬する騎士をハラハラしながら見ていると、ノイマンが話しかけてきた。
「どうだね、ここにはもう慣れたかな?」
「はい、皆さまのお気遣いのおかげで毎日楽しく過ごしております」
「そうか、それは良かった」
「本当に素敵なところですね」
ノイマンはフフフ、と笑って、口ひげを
「ほとんどはあの双子の功績なのだ。わが領も戦や流行り病の後は荒廃していたのだよ」
十五年前、ノイマンは、妻アンセルマが病に倒れたと聞き、リーネ河畔の戦場から海路で急ぎ公都に戻っていた。
だが彼女の命の火は、すぐにも消えようとしていた。死に目には会えたが言葉を交わすことも叶わず、司祭が妻の体に終油を塗るのをただ立って見ていた。
城では多くの者が
優秀な治療師が優先的に戦場に送られていたことも災いした。ともに戻ってきたガ
イモも苦しげな表情で、
三日経っても熱が下がらず、いよいよどちらか、あるいは二人ともを失うかもしれないと悟った時、ノイマンは成人してから初めて涙を流した。そして、初めて神に、大公家が古くから信仰している主神に祈った。
その祈りが通じたのかどうかはわからないが、二日後の朝早く、二人の熱は嘘のように引いた。
ノイマンや周囲の者は大いに喜んだが、
だが、そんな大人たちの心配をよそに、二人はぐずることもなく母の死を受け入れ、そして悲しんだ。
双子ということもあり、もとから仲が良かったが、それ以来二人は何をするにも一緒にいた。知識の吸収も早く、教師も驚くほどであった。
ときおり額をつき合わせて何か相談していたかと思うと、ふいっと街や森に出かけて行き、側仕えの者に叱られるということを繰り返していた。
それから数年後、二人は驚くべき行動をとった。ある日、ノイマンの執務室に現れて、政策提案書なるものを持って来たのだ。それは子供がごっこ遊びで書くようなものではなく、厚みもありかなり本格的な物であった。
ヤーデのものは主に農政に関するもので、土地と季節に合った作物の提案と、税の徴収方法や税率、農民の待遇と借用制度、後年見込まれる収穫量の増加などが、図を用いながら細かく書かれていた。
エスメラルダが持って来たものは、子供の教育、中産階級以下からの人材採用、近頃増え始めた難民の処遇、都市の建設とその方法及び職人の育成についてであった。どちらも熟練の
ノイマンはその内容を見て
「そうだな、まずは・・・市井の子の教育だが、庶民が
「いいえ、権限を与えるわけではありません。自分の身を立てる手段を与えたいのです。そうして国全体の生産力を上げるのです。それに人は適度に満たされている時の方がかえって従順です。愛国心も自ずと育ちましょう。民が生きてこそ国の発展があるのですわ」
妖精のように愛らしい少女が民衆を冷淡ともいえる目線で捉えることに内心驚きつつさらに問う。
「では、民が従順になったとして、それは国力が落ちることにはならないか。我が国とて常に有事の危険に
「農民や市民の次男以下、適正な者を兵士や騎士として召し上げます。有事の徴兵ではなく職業軍人として。一生、
それに伴い、農地の整備は必要です。ある程度は国が管理した方がいいかもしれません。農民を農奴のように扱うのではなく、作業員として雇う感覚です」
今度は、まだ隣の少女と体格も変わらない少年が、軍の編成を語り出した。ゴクリと唾を飲み込むのを隠してさらに聞いた。
「適正な者と言ったな。それはどうやって決めるのだ」
これは核心的な質問だった。双子が、特にヤーデがピクリと緊張した。
「・・・俺が『視ます』」
やはりか、ノイマンはそう思った。最近ヤーデが側仕えにしたいと連れてきた農民の子を鑑定にかけたら、三属性持ちだったのだ。
「つまりお前は、『心眼』を持っているのだな?」
はい、小さく頷き下を向く息子に、ノイマンは「ではこの父を鑑定してみるがいい」と言った。驚いたヤーデだったが、それが冗談ではないと悟ると、まだ小さな手で右目を覆って、残った方の目でノイマンを見た。きれいな緑の瞳が深く揺らぐ。
「ノイマン・ディローゼン:第二十六代ディローゼン大公。
加護・商神エルバ。使える技・安寧航路、幸運の車輪、商人の微笑み。
状態・正常。
属性・風、水、地。使える魔法・ストーム、ウィンドカッター、ヒール」
そこまで分かるのか。『心眼』を持つ者は神殿などに囲い込まれて、鑑定人となる。十才を越える頃、多くの人は鑑定をしてもらう。そこで自分の適性が分かるからだ。だが判明するのは属性と加護くらいだ。
これは、俺はどえらい子供をもってしまったのではないか。ノイマンは少し興奮する。
「・・・メルディのも見たのか?」
ヤーデはこくりと頷く。
「エスメラルダ・ディローゼン:ノイマンの子、ディローゼン大公女。
加護・銀翼の女神。使える技・アーカイブ、論理的思考、プリンセスの微笑み。
状態・正常。
属性・火、風、水、地、(光)。使える魔法・ファイヤーボール、ウィンドカッター、ヒール、アンチドーテ、アース・・・」
「う、うむ。もうよい」
銀翼の女神・・・知恵や知識を司り、四対八枚の翼を持った神で名前がなく、異郷の出身だともいわれる。非常に珍しい加護だ。それに全属性の魔法を使えるとは。
「・・・当然、自分の鑑定は出来ぬのだな?」
幼子は首を振る。自分の身に魔法がかけられないという法則がここにも働くのだ。
鏡を見たら出来るのではないかとやってみたが、居合わせた幼いザックに生ぬるい目で見られただけだった。
「少し早いがお前も鑑定を受けるがいい」
そう言って早速教会に連れて行かれたところ、ヤーデは雷神オルドと農神ディルの加護を得ていて、全属性持ちだったことに再びノイマンは驚かされたのであった。
それからの双子の才能の開花はすさまじいものだった。試みに集落と農地を与えてみれば、ほんの数年で穀物の収穫量を数倍にし、農民の生活を改善して見せた。
ディローゼン領は水か地属性のものが多い土地だ。ヤーデが属性を見抜き、エスメラルダが魔力の使い方を教え、技を磨く、そうしている間に水路や道路の施設技術を身に付けた職人も育っていた。
「こうしてあの子たちが確立した政策や施策を正式に採用したのだ。私の部下や役人はもともと有能だからな、良いところはそのまま、改善すべきところは手直しして今に至っているわけだ」
大公は昔を懐かしむような、穏やかな顔をして言った。
「この世には、時折そういう思いもつかぬことをする者が生まれるというが、まさかわが子に、とはな」
ノイマンによれば、過去にも
「そう、だったんですね。それで殿下方は色んな方と仲良くしてらっしゃるんですね。わたしもここに来られて本当に良かったです」
ゾフィが率直な気持ちを漏らすと、ノイマンは「ふむ!」と頷いた。
「では、しばらくここに留まって、あの仕事の虫を助けてやってくれんかね?」
「それは、もちろんご恩返しがしたいですけど、わたしに出来ることがあるでしょうか?」
「いやいや、万が一あれが体を壊したり、疲れていたら癒してやってくれれば良いのだ」
確かに自分の出来ることはそれぐらいだ、とゾフィは思い返事をした。
「はい、そんなことでよろしければ」
大公は、うむ!と満足げに言うと、青い目を細めて、ヤーデによく似た優しい笑みを浮かべた。
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