第25話 誕生日会2
「では、新たにわがディローゼンの仲間に加わったゾフィ・マルガ嬢の到着と生誕を祝して」
「皆、これからもゾフィさんとわが大公家をよろしくお願いいたしますわね」
ヤーデとエスメラルダがゾフィを挟んで杯を挙げる。会場の皆が短い祝辞を述べながらそれに倣った。
会はビュッフェ式であった。それぞれが好きなものを給仕たちに取り分けてもらい、思い思いの場所で歓談しながら食べる。
その中でもひと際目を引く料理があった。料理長ができたてのものを持って来たばかりだ。鶏のもも肉に香辛料と塩などで味付けをした粉をまいて油で揚げたものだ。
クリスタルの瞳が大きく見開かれてキラキラ光っている。だがまずは、今日の主役であるゾフィに取って来てくれた。お礼を言って受け取る。
鶏皮とスパイスの香ばしい匂いだけで、口の中に唾液が溢れてくる。それを飲み込んで、一口頬張った。
パリパリの皮と衣、ちょうどいいしょっぱさと辛味、中身はふっくらとして、丁寧に育てられた鶏なのだろう、強い肉の甘みがジュワっと口中に広がる。
「おいしい!」
額まで突き抜けそうなおいしさだ。そんなゾフィの様子を満足げに見届けるとクリスタルは自分の分を取りにいった。
今度はヤーデが両手に様々な料理を持って来た。色々なテリーヌやキッシュ、貝柱のソテー、鱒の燻製と果物・・・
「オイオイ、随分かいがいしいな?あんた、そんな性格だったっけか」
「クラークか・・・」
ちょっと迷惑そうな顔でそう呼ばれた若い男は、先ほど港湾施設の責任者として紹介された人物だった。
顔も髪も良く日に焼けている。やせ形だが、体にはしっかりと筋肉がついていて、日ごろから力仕事をしているのだろうと思われた。
持って来た料理をテーブルに置くと、ゾフィの横にどさりと座る。
「お嬢さん、ここの飯、うまいだろ?」
そう言うと、エビとブロッコリーのテリーヌを大きな口に放り込んだ。
「はい、わたしこちらに来て海のお魚を初めていただいたんですけど、想像してたよりずっとおいしかったです」
「そうか!今度港に来なよ、船に乗してやるから!」
ゾフィは海を見たことすらない。船に乗れるなんて!好奇心で瞳がきらきらと揺れる。
「うん、あれ?そこの色男は海にも連れて行ってくれないのかい?」
大公家は商業も盛んで、大きな港を三か所も有している。首都ライデルヒからいくらも離れていない所に最大の港コーニヒがあった。
「そろそろ、あちこち連れて行こうとは思っているさ。だいぶ元気になったようだしね」
優しくほほ笑んで、ゾフィの顔をのぞき込む。「はい」恥ずかしくなって俯きながらゾフィは返事をした。
「おーおー、えらく過保護だねえ」
また、大きな口に何かを放り込む。ま、そんときゃ、気軽に声をかけてくれ、そう言うと次々と口にご馳走を詰め込んだ。
「ヤーデはゾフィさんを気に入っているわよね?」
ディーネが首を傾げてクラークと話す二人を見る。隣にはユーロク夫人ポーリンが座って、鴨肉のローストに舌鼓を打っている。
「はー、このオレンジソースが堪らないわあ。・・・確かに彼がご令嬢にあんなに優しいのは珍しいですわね」
「お兄さまはやさしいのよ?」クリスタルが兄を擁護する横で、うんうんとサムエラも同意している。
「それはあなたたちが家族だからよ。まあ、あの容姿と地位じゃ色んな方が寄ってきますものね」
野心を隠しもしない貴族家の令嬢、強欲な商人の娘・・・公太子との縁談を望むものは引きも切らなかった。
「あの子は、ああいう何でも自分でしてしまう子、昔から好きなのよ・・・あとおいしそうにご飯を食べる子も」
エスメラルダが思い出し笑いをしながら言う。「まあ!そうなの」ディーネが相槌を打つ。
「じゃあ、あの方がお妃でいいじゃない。『聖女』様なんて最高の肩書きだもの」
十三才の少女の口から出た言葉に大人たちが驚く。サムエラはケロッとして続けた。
「だって、あのナントカっていう商人のナントカって女、兄様にべたべたしてうざいのよ。兄様が嫌がってるのもわからないんだから」
「それもそうね、それじゃ我々婦人会はゾフィさんを推すということで。んー、この堅からず柔らかからずの生地とカスタードクリームのコンビネーション、最高!」
「さて、ゾフィさんのお腹がいっぱいになる前に今日のメインデザートを出してくるわ」
叔母様もほどほどになさって?エスメラルダが立ち上がって給仕に合図をする。
ゾフィが座るテーブルが片付けられると、給仕が四人がかりで大きな箱を厳かに運んできた。ゾフィの目の前に置かれた箱のふたがゆっくりと開けられ、そこに現れたのは白いケーキであった。
一辺がゾフィの片腕くらいはありそうな四角い真っ白なケーキにイチゴと赤・ピンクのバラで飾り付けがしてある。
真ん中には丸いクッキーのプレートがあり、砂糖菓子で「ゾフィ、誕生日おめでとう」と書かれている。その美しさに周りの人々も歓声を上げた。
給仕係が切り分けてくれる。ゾフィには角のクリームとイチゴがたくさん乗っている部分だ。スポンジの真ん中にもクリームとイチゴがはさまれていた。
「た、食べるのがもったいないです!」
「じゃあ、飾っておく?」
ヤーデがいたずら顔で笑う。クリームの甘い香りが漂ってきて、誘惑に負けてしまった。「食べます!」ぱくりと口に入れれば、濃厚なバターと甘いバニラの香り、舌の上で生地と一緒に溶けてしまうクリームが、甘酸っぱいイチゴに絡んで・・・。
「生たん祭のときのとはちがう味だわ!」
「今日はたくさん作るから、バタークリームにしたんだ。また生クリームのケーキも作ってあげるからね」
味の違いが分かるなんて、クリスはグルメだね、と優しく妹姫をなでている。
ゾフィは甘味を堪能しながら、周りを見回してみた。エスメラルダとご婦人方はケーキを手に楽しそうに談笑している。ポーリンはほっぺが落ちそうなのか両手で押さえている。小さな若様と姫君たちはお菓子に夢中だ。
商人風の人が料理長にケーキを持ってなにやら詰め寄っている。殿方の中にはお菓子よりもお酒を手に歓談している人たちもいた。
なんだかみんな楽しそう。わたしも、こんなに幸せな誕生日は初めて。もう一口頬張る。甘い。自然と頬が緩む。その時、頬杖をついて隣に座るヤーデと目が合った。
ヤーデが優しく笑う。ゾフィの胸がとくんと跳ねた。小さく微笑み返して、俯いてもう一掬いクリームを口に入れた。それは、やっぱりとても甘かった。
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