第24話 誕生日会1

 ライデルヒに来てから半月ほど、相変わらずゾフィは庭をぐるぐる回っていた。バラの蕾もちらほらとほころんできたようで、時折風に乗って良い香りがしてくる。


 午後からはお決まりの大公夫人のレッスンを受ける。マナーや学問、刺繍など様々だ。けれど無理をさせられることもなく、夫人の人柄も手伝ってか、とても楽しい物となっていた。 


 今日は刺繍の授業だ。クリスタルはかわいい眉間にしわを寄せ、刺繍枠ししゅうわくと格闘している。時々母に姿勢が悪いと注意をされて、口を尖らせ、また叱られる。


 この日は珍しくエスメラルダも一緒だった。「無難な出来栄えでしょ?」と言って笑うが、かなりの腕前だ。やはり花嫁修業で子供の頃からやっているそうだ。


 レッスンも終盤という頃、ヤーデがやって来た。

「ご機嫌いかがですか、ご婦人方」

「お兄さまあ~、わたしししゅうきらいなの」

道具を放り出して、抱き着く幼い妹の頭をヤーデは撫でている。


「まったく、誰に似てこんなに不器用なのかしらね・・・メルディもゾフィさんもお上手なのに」

「わたしはともかく、ゾフィさんの腕がすごいのよね」

エスメラルダが、ゾフィが刺していた小鳥とバラのモチーフを手に取る。


 そうなのだ。ゾフィは刺繍が好きだった。手に職を、と孤児院で教えてもらったのだが、ゾフィには才があったのだろう、すぐに色々な刺し方を覚えて上達もした。

 子供の頃は刺繍職人やお針子で生きていくのもいいと思っていたほどだ。  


 アッシェンでも続けさせてもらえ、王都にも道具を持って行ったが、特に最後の一年はほとんど触ることはなかった。今は自由に糸を刺せることが純粋に嬉しかった。


「本当に。この分ならすぐ大公家の難しい紋章も刺せ・・・」

「あー、ゴホンゴホン、お継母かあ様、その話はまだ・・・」

エスメラルダがディーネに目配せをしている。あら、そうだったわね、夫人がホホホ、と笑う。


 侍女たちがカートでお茶を運んできた。カッテージチーズとリンゴジャムが乗った小さなタルトもある。サクサクの生地と、濃厚なミルクの味と甘酸っぱいジャムが口いっぱいに広がる。その余韻を薫り高いお茶で流し込めば後口あとくちまでおいしい。


「いよいよ明日はゾフィさんのお誕生日会ね。準備は順調なのかしら?」

「はい、ちょうどバラも咲いてきましたし、天気もよさそうですしね」

ヤーデが優雅に茶をすすりながら微笑む。


 エスメラルダと二人で主催者となり、招待客の手配も済んでいた。その顔触れは大公家譜代たいこうけふだいの貴族と、親しい騎士達、街や農場の有力者などだった。ゾフィも大体の名前と身分は予習していた。


「かわいらしいドレスも仕立てたのよ。明日が楽しみだわ」

「ありがとうございます。あの、こんなに良くして頂いて」

仕立ててもらったドレスの美しさを思い出し、頬が熱くなる。


「いいんだ、これは君をお披露目することに意味があるイベントだからね。明日から君の後ろ盾は大公家だ。軽々しく君に手を出そうという者もいなくなるさ」


「もう、ジェイ、そんな大げさなことは今はまだいいじゃない。追い追い慣れて行けばね?大丈夫よ、明日のお客様は本当に懇意こんいにしている人たちだけだから」

「は、はい!」

 

 翌日ゾフィの緊張とは裏腹に、誕生日会兼歓迎会は和やかな雰囲気の中、開かれていた。会場となった中庭には、白を中心としたバラが咲き乱れ、かぐわしい風が吹いていた。


 本当のところは、今一つ花の咲きが悪かったために、前日双子がバラの木に、ごめんね~と気の抜けた謝罪をしながら魔法で開花を促していたのだった。


 ゾフィの今日の装いは、前見ごろを組紐くみひもで閉じるタイプの、濃いピンクのロングスリーブドレスだ。

 薄い色のアンダードレスの袖口には、肘から手首まで小さな銀の透かし細工で出来たボタンがいくつも並んでいた。


 長い袖の縁にはぐるりと白と黄色の花のモチーフが刺繍してある。ベルトの刺繍とおそろいだ。裾を少し掴んで歩けば、薄桃のアンダースカートが見えてグラデーションが美しい。


 いくらかつやを取り戻した髪は、若い女性らしく、後ろでひと括りにしてサイドから前へ一部持ってくる。結び目には白いリボンと真珠の髪飾りが付けられていた。


 どれもゾフィの痩せ気味の体形をうまく隠してくれる。それでいて清楚な着こなしで「聖女」というイメージを損なわない。侍女たちの手腕には感服するばかりだ。


 まずは招待客と挨拶を交わす。最初に紹介されたのは、大公の実弟ユーロク伯テレンツとその妻と娘、ポーリンとサムエラだった。


 ユーロク伯は白髪が混ざり始めたダークグレイの髪にがっしりとした体格の騎士で、隻腕せきわんであった。十六年前の戦争で左の上腕から先を無くしたそうだ。


 ポーリンはその頃の同僚で魔導士だという。サムエラは十三才、見事な赤い髪の美少女で活発そうな青い瞳が輝いている。


 次はマルサレック伯フィンセントだ。九才になる子息のドミニクを伴っていた。奥方は令嬢がまだ幼いので領都ビャワで留守番だそうだ。


「ビャワは東北の砦への玄関口でここより冷涼な気候なのですよ。夏にでも一度おいでください」フィンセントがにこやかに言った。


 古くから大公家につかえる貴族や騎士が紹介されていったが、中には見知った顔もいた。ゴードン・マイヤーとセルカ・ドゥールストだ。二人とも子爵位を継いでいて、領地も持っていた。


「もっとも、領地経営なんて、地方官と執事に任せてるんですがね」ゴードンがガハハと笑う。


「このセルカのとこは、奥方が仕切っているんですよ。いや、羨ましい限りです」

そう言われたセルカはジトリとゴードンを見やると、「お前は無頓着むとんちゃくすぎだ」と一言だけ放った。


「聖女様の護衛騎士、何人か見繕っておきましたぜ。今日は二人ほど紹介しましょう」


 ゴードンが若い騎士たちを連れてくる。まだ、どちらも二十はたち前後で、トニー・ノルドとアウグスト・ルーベンと名乗った。

 二人とも緊張してゾフィに挨拶をする。ゾフィもよろしくお願いします、と淑女の礼を返した。


「これからゾフィ様には終始しゅうしこの者たちが護衛に付きます。後の者は後日紹介いたします」

セルカが頭を垂れると、若い騎士たちもそれにならった。


「励むように。何があってもゾフィ嬢を優先しろ」

「「はっ、騎士の名誉にかけまして」」

ヤーデの言葉にそう答えると、二人は新しい持ち場、ゾフィのいるこの庭の警護へと

戻って行った。


 あとは、街の有力者や、司祭様、出入りの商人、近所の農場主などであった。いつぞや、昼食をご馳走になった農家の主人もいた。

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