第23話 誕生日会の相談

 翌朝、ゾフィは大公一家と朝食を共にしていた。上座かみざについた大公ノイマンは、黒い髪に同じ色の口ひげをたくわえた五十がらみの紳士で、青い目が商人らしく油断なさげに光っていた。


 しかしそんなノイマンも、ゾフィの痩せ具合を見て哀れに思ったようで、体を気遣う言葉をかけ、うちでたくさん食べて健康を取り戻しなさい、と言った。


 テーブルのかどをはさんで左側には大公妃ディーネと次女クリスタルがいる。

 ディーネはアッシュブラウンの髪に明るい茶色の瞳で、従兄だと言うマルサレック伯とは髪の色とすっきりとした顔立ちが似ている。


 反対側にはヤーデとエスメラルダ、そしてゾフィが座っていた。


 今日のメニューはハムエッグと煮た豆、野菜と果物だ。バターたっぷりの三日月パンとフワフワの丸パンがかごに盛ってある。


 ゾフィはすっかりこの三日月パンのとりこになっていた。外はサクサク、中はしっとり、噛めば生地のバターが舌で溶けるようだ。今日も幸せそうな顔をして食べる。


「ゾフィさんは十五才だったかしらね?」

大公夫人が訊ねた。

「あ、いえ、先日十六才になりました」

「まあ!旅行中だったのかしら。それじゃあ、お祝いも出来なかったわね・・・」

「そうか、それは迂闊うかつだったな」

ヤーデも残念そうだ。


「おたんじょう日会はやらないの?」

無邪気にクリスタルが言う。

「やったらいいんじゃない?歓迎会も兼ねて。みんなに紹介もしたいわ。ね、お父様?」

「ふむ。良いのではないか。聖女殿にもここに慣れてもらういい機会だろう」


 こうしてゾフィの誕生日会兼歓迎会の開催は決まったようだ。日時はもう少し落ち着いてからということになった。


 ゾフィは誕生日会も歓迎会も開いてもらったことがない。孤児院では、誕生日にプルーンやアンゼリカの乗った甘いクッキーを一枚余分にもらえるくらいだった。

 なんだか恥ずかしいような嬉しいような、こそばゆい思いがするのだった。

 

 ゾフィの日課は朝食を食べた後、城内を散歩することであった。城内といっても中庭の一角をぐるぐる回るくらいだ。


 バラやマーガレットの植え込みや、迷路のような生垣がある。蕾もだんだん大きくなって花盛りとなるのもそう遠くなさそうだ。


 アンズの木にはすでに小さな青い実がついている。

 森が近いからか、たくさんの小鳥がやって来て、色んな声でさえずっていた。


(のどかだなあ)

なぜこんなのどかな暮らしをしているかというと、元来貧乏性、いや働き者のゾフィは何かさせて欲しいと申し出たのだが、まずは体を健康にしましょう、と姉姫に言われてしまったのだ。


 確かに今の自分は役立たずだ。これでも子供の頃は病気なんてほとんどしたことがなかったのに。でもここに来てからだいぶ戻ってきた気がする。この調子で頑張ろう。そう気合を入れてもう一回り、と思ったところでサニが邪魔をする。


「だめですよぅ、ゾフィ様。急に無理なさったらまた寝込んじゃいますよぉ。ノーラさんが怒ると怖いんですからぁ」


 サニは何よりもノーラが怖いらしい。でもそれも一理ある。ノーラの小言はあの公太子にも効くのだ。ゾフィは今日はもう引き上げることにした。


 ある日、ヤーデとエスメラルダに昼食の招待を受けた。城の外庭にある山小屋のような建物で、丸太を組んで作ってあり、中は見た目より広く感じる。

 

 部屋の中央には十人は優に座れそうな大きなテーブルが置かれていた。石窯とかまどがあり簡単な調理なら出来るそうだ。


 今日のメニューは平たく伸ばしたパンにベーコンやチーズなど具材を乗せて石窯で焼いたものだ。香ばしい、チーズが焼ける匂いがしてくる。


 部屋の中にはすでに双子と妹姫、ザックとディーとアグネス、初対面の人が二人いた。席に通されて紹介してもらう。


 肉付きの良い少女はディーの妹でミリーと名乗った。良くしゃべる子でディーを常に言い負かしている。

 少年の方は、ゾフィのお付きのサニと同じような肌の色で、レイ・シッカといい、エスメラルダの助手をしているのだそうだ。二人とも十四才だと言った。


 「さあ、それじゃ、いただこうか」

お祈りをして、アグネスとレイが切り分けてくれたパンをいただく。手で直接食べていいようだ。ゾフィが手に取ったものはサラミと玉ねぎとチーズが乗っている。

 

 しょっぱいサラミが溶けたチーズとあっていてとてもおいしい。次は芋とソーセージだ。肉汁を吸ったほくほくの芋がたまらない。


「ゾフィさん、このチーズと蜂蜜もおいしいのよ」

「わたしもそれ好きです!」

「お前はちょっとは遠慮しろよ・・・」


 姉姫が勧めたのは、何種類かのチーズをのせて焼き、蜂蜜と香辛料をかけたものだった。甘くてしょっぱくて癖になりそうな味だ。

 みんな幸せそうな顔で黙々と食べている。ディーはミリーの食べっぷりに若干引き気味だ。


 お腹いっぱいになったところで、ヤーデが口を開いた。

「今日はゾフィの誕生日会の相談をしようと思ってさ」

「城の宴会場でやるんすか?」

「ガーデンパーティもいいわね?」

「わたし白いケーキがたべたい。あげたとり肉も」

「白いケーキ!生誕祭のときにお二人が作られたという幻のケーキですね?」

「お前、食いもんの話になると目の色変わるよなあ」


 白いケーキってどんなものだろう。置いてきぼりの当人が考えていると、ヤーデがニヤリと笑って言った。

「確かに、誕生日っていったらあれだよね?」

「ええ、今ならちょうどイチゴもあるしね」

エスメラルダも応える。どうやら双子の間で何かが決まったようだ。

「お兄さまとお姉さまは生まれるまえからいっしょだから、いしんでんしんするんですって」


 午後からは、ゾフィはクリスタルと一緒にディーネのもとで刺繍のレッスンをすることになっている。エスメラルダはレイとともに城下に行くという。ミリーは家に帰り、ザックとディーはヤーデとともに執務室へ行く。


 アグネスが、刺繍が嫌いな末姫を引きずるようにして、ゾフィと一緒に大公妃のもとに送り届けてくれたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る