第22話 大公女クリスタル

 次にゾフィが目覚めると傍らには再び犬の頭があった。クスクスと笑うと、茶色の瞳がゾフィを見る。


「また、あなたなの?ポティー」

大きな丸い頭をなでて起き上がり天蓋の外をうかがうと、かなり日が傾いてきているようだった。


「今どれくらいの時間なの?」

問うともなくポティーに話しかける。


「もうすぐばんしょうの時間よ」

かわいらしい声が返ってきた。えっ、バンショウ?


「ばんしょうがなるとみんなおうちへ帰るのよ」

天蓋を開けてベッドから下りてみると、銀の髪に、水晶のように澄んだ青い瞳のかわいい女の子が立っていた。七・八才ぐらいだろうか。


 リンゴーン、リンゴーン・・・。城下の方から鐘の音が聞こえてきた。

「あれがばんしょうよ」

女の子が腰に手をあてて言う。ばん・・・あ、晩鐘!


「ねえ、あなたせいじょさまなんでしょう?お兄さまがつれてきた!」

「ゾフィ・マルガと申します」

そこで少女が下の大公女だと気付いたゾフィは、丁重に頭を下げて挨拶をした。


 ノーラとサニがゾフィに湯浴みをさせようとやってきた。

「まあ、クリスタルさま!いけませんよ、ゾフィ様のお邪魔をしては」


「じゃまじゃないのよ。ごあいさつをしていたの。わたしはクリスタル・ディローゼンよ。いごよろしくお願いします」


 少女はくるぶし丈のドレスをつまんで優雅にお辞儀をした。にこりと笑うと、くるっと後ろを向き走り去ってしまった。ポティーも後を追う。


「愛らしい姫様ですね」

「ええ、兄君も姉君も本当に可愛がられて・・・」ノーラは愛おしげにほほ笑んだ。「ご夕食の前にお湯をお使いになりませんか?」


 ゾフィが湯浴みの後一息ついていると、再び大公家の双子がやってきた。

「夕食を持って来たよ。具合はどうだい?」

「はい、すっかり元通りです。・・・ご迷惑をおかけしてしまって・・・」


「迷惑なんかじゃないのよ?こちらの都合で遠くまで来てもらったのだから。むしろ無理をさせてしまったのじゃないかしら」

布張りの長椅子に導かれて二人と話す間に、侍女たちがテーブルの上に夕食を並べる。


「明日の朝食はご一緒できるかな?父や継母ははにも紹介したいんだけど」

「は、はい!ぜひご一緒します」

会ってご挨拶とお詫びをしなければ・・・そんなゾフィの心を見透かしたようにヤーデが笑う。


「そんな心配しなくても気さくな人たちだから、気楽に会ってくれたらいいよ」

「そうよ、クリスにはもう会ったのね、おしゃまさんだったでしょう?あの子あなたの話ばかりして」

何か思い出したのか、エスメラルダがふふっと笑う。


 それじゃ、明朝ね、といって二人が出ていった。


 今日の夕飯は、茶色のスープの中にパンとチーズを入れて焼いたものだ。パンはスプーンですくえばホロっと崩れて、口に入れれば玉ねぎと濃厚な出汁のうまみがジュワーっと広がる。


 バターの香りとチーズが重いかと思われたが、全くそんなことはなく、病み上がりの体に染み渡るようだ。ここのごはんはやっぱりおいしい、ゾフィは満足して眠りについたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る