第15話 帰郷

 ポルテは街道の分岐点にある街でよく栄えた都市だった。


 大公領と交易をする商人たちの陸路となっており、繁華街や宿などが充実していて、王国の都市よりも賑やかなくらいであった。


かなり夜も更けた頃、馬車は宿屋ではなく、大きなお屋敷へと到着した。マルサレック伯の別邸だ。屋敷の使用人、十人程が公太子一行を出迎える。執事長が進み出て慇懃に挨拶を述べた。


 ヤーデが案内された部屋に入ると、見慣れた女性が待っていて礼をした。

「やあ、アグネス、君が来てくれたのか」

「おかえりなさいませ、殿下。姫様が、私が適任だろうとつかわして下さいました。馬車もお持ち致しましたので」


「そう、それは心強いな。メルはどうしてる?」

「ユーロク伯爵様の所でございます。タリアが護衛についておりますから」


 ユーロク伯は大公の実弟で大公領の南部を治めている。伯爵領では今新しい街を建設中で、エスメラルダが一任されていた。

 

 このアグネスはエスメラルダ付きの侍女で、タリアというのは最近出産して復帰をした護衛騎士であった。


「殿下がお戻りになる頃には、姫様もご帰還なさるそうです」

「わかった。明日から彼女の世話をよろしく頼むよ」

「承知いたしました」


 翌日、一行は朝早くアッシェンへ向けて出発した。途中で離脱したゴードンとディーの代わりにマルサレックの護衛が二人付く。荷馬車が一台と荷馬二頭も加わった。


 馬車はというと、昨日まで乗っていたものより格段に乗り心地がよかった。その馬車だって、ゾフィにとっては今までで最高のものだったのだが、一日で更新されてしまった。大公家の紋章が付いていて、普段は大公女殿下も乗るそうだ。

 

 今ゾフィの前に座っている人は、薄いブロンドの髪とキリリとした青い目の、灰色のドレスに白いエプロンを着けた女性だ。


 とても有能な人で、ゾフィが何を望んでいるかすぐに察してくれた。年の頃はアンネと同じだが、無駄なことを一切話さないところは全く正反対であった。


 アッシェン領都ヘンプトへの旅程りょていは、三度の野営を含めた七泊ほどで、野営と行っても大きな天幕や、快適な寝床とプライバシー、美味しい食事があって何の不満もなかった。


 討伐の時の王都から砦までの旅を思えば、こちらの野営はちょっとした宿の様だった。


 やや取っつきにくい侍女の存在にも慣れた頃、馴染んだアッシェンの赤茶けた大地が見えてきた。


 アッシェンの気候は乾燥している。夏は暑く冬は寒いが、雨や雪もめったに降らず、穀物もほとんど育たない。わずかな草地で山羊や馬を飼うのがやっとであった。


 干ばつが起ころうものなら、あっという間に民が飢えてしまう。食料はほぼ外部からの輸入に頼っているため、領都ですらあまり豊かではなかった。


 だが、ゾフィが数年ぶりに帰ってみれば、そんな光景は随分違っていた。領都郊外まで灌漑かんがい水路が張りめぐらされ、畑では作物が淡緑に芽吹き、所々には赤い花畑が広がっている。


 農民たちが種蒔きや田おこしに精を出し、水路では子供たちが熱心に何かをすくっている。大公家の馬車を認めて、手を振ってくる者もいた。


 アッシェン城に到着すると、ゲオルクとゾフィの兄ギルベルト、その妻アマンダが出迎えた。アマンダがゾフィを抱きしめる。そしてギルベルトのぎこちない抱擁の後には、ゾフィにとって思いがけない人が待っていた。


「おばあちゃん!」

自分を育ててくれた懐かしい人と固く抱き合う。もうとしだからと、ギルベルトが領都に呼び寄せたそうだ。でも今でも神殿のお手伝いはしているのよ、アリーは誇らしげに言った。


 「よお、手間かけたな。長旅ご苦労さん。一騒動あったそうだな」

「ええ、騒動という程のものではないですけど」

「俺からも礼を言わせて下さい、殿下。妹を送って下さりありがとうございます」


 ギルベルトは右手を差し出してヤーデの手をがっしりと握る。相当鍛錬を積んできているのだろう、英雄と呼ばれるに相応しい立派な体格で、茶色の髪に薄青の目をしている。外見こそゾフィにあまり似ていないが、瞳の色は同じだ。


「ヤーデ様、うちのかわいいゾフィにヘンな事してないでしょうね?」

アマンダはまたゾフィに抱き着いている。あの、すごくよくして頂きました。ゾフィが口をはさむもアマンダは続ける。


「騙されちゃダメよ、この人本当は腹黒なんだから」

「人聞きが悪いなあ。俺アマンダさんに何かしましたっけ?」

「ああ、こんなに細くなってしまって、可哀想に。あっちで休みましょう。あなたの甥っ子にも会ってやってちょうだい」


どうやらヤーデの話に付き合う気はない様だ。アリ―と三人で部屋に引っ込んでしまった。

「・・・まあ、なんだ、お前さん達もいったん休め。後で話がある」

嵐のように去っていった女性たちを見送ると、ゲオルクがばつが悪そうに言った。

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